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※各画像はクリックすると拡大します。






















 にちりん83号は、結局、がらがらなままで小倉を発車しました。まあ、”逆方向への臨時列車”ですからねえ・・・。列車は、小倉発車後しばらくは、北九州市の住宅街の中を走ります[①]

 前の座席にかかっている座席カバーには切符入れがついていて、せっかくこういうものがあるのだからと思い、ここに切符を入れておいて検札を待つことにしたんですが・・・。この切符入れ、どうやら85mm(以下の)券を入れる場合しか想定されていないようですね。私がこのとき使っていた乗車券は、その経路の多さから120mm券となっていたんですが、ポケットの横幅が足りず、こんな状況になってしまいました[②]

 11:59に最初の途中停車駅である行橋に停車しましたが、ここでは3号車への乗車はなし。3号車の僅かな乗客も、みんな客室の前寄りに集められていたので、客室の後ろ寄りは、がらがらでカーテンもすべて閉まっているという、あたかも回送列車かのような雰囲気が・・・[④](※この後、色々な列車に乗って気が付いたことですが、JR九州では、始発駅発車前に全てのカーテンを閉めておくようです[夏限定かどうかは不明])。

 床面は市松模様[⑤]。こういう色遣いの市松模様だというだけで、何となく古臭さや古めかしさを感じるのは気のせいでしょうか?「485系の床である」ということが、そう思わせているのかもしれませんが。もしこれが885系や800系の床であれば、そうは思わなかったかもしれません。

 自分の座席から妻面の方の壁を眺めてみます[⑥]。他の今時の特急型車両ならあるはずなのに、485系にはないもの・・・、LEDの情報表示機ですね。あれに流れているものを読むことは、私にとっては、実は良い暇つぶしなんですけれどもね。
 ところで、壁の左側にある885系の写真は、全体的にやたらと黄色くなっていますが、額のガラスが劣化してこうなっているのでしょうか?それとも写真自体の劣化でしょうか?いずれにしても、この485系の”古めかしさ”の増長の一助になっているように感じられました。

 日豊本線は、海に近いところを走っているという区間も多く、海が見られる区間が点在しています[⑦]。海は、やはり夏の晴れた日が一番きれいに見えます。なお、日豊本線を走る特急列車の海側の窓側席はA席ですので、指定券を購入される際は、A席を選んでみてはいかがでしょうか。

 12:19に到着するのは中津駅[⑧]。立派な高架駅で、1日あたりの利用客数は、大分県内の駅では大分、別府に次いで3番目に多いそうです。ここで1人、3号車に新たな乗客が乗り込んできました。ホームの上の方を見上げてみると、「にちりん/にちりんシーガイア」と書かれた乗車位置案内板に、485系の絵が残っているのを発見しました[⑨]。こういうところではまだ生き残っているんですね。

 夏の海の車窓は、それはもう素晴らしいものですが、夏は田園地帯の車窓も素晴らしいものです[⑩]。稲刈りの時期へ向けて順調に成長していく稲の、みずみずしい緑色が辺り一面に広がる光景は、澄んだ青空との組み合わせも相俟って、見ている者に清々しい気分を与えてくれます。

 柳ヶ浦に停車して、12:37に到着するのはアメリカ[⑪]。・・・んなわけありませんが(笑) 「うさ」は、ローマ字で表現すれば、言うまでもなく”USA”になります。日本人はもちろんですが、アメリカ人がこの駅を訪れたら、いったい何を思うのでしょうか?

 大きく左へ曲がっていく線路の上を走る485系[⑫]。883系と885系は振り子車両なので、こういった曲線であっても速度を落とすことなく、高い速度を維持したまま駆け抜けていきますが、なにぶん485系は非振り子車両。こういった曲線ではちょっと速度が落ちます。しかし、そんな485系でも、直線区間では、躍動感のあるなかなかの走りを披露してくれました。老体に鞭打ち疾走するその様はある意味感動モノ。

 ちなみに、沿線各所で、このにちりん83号(Do-32編成)を撮影していると思われる人たちの存在が確認できました。さすが、九州で唯一の485系で、しかも国鉄色で、なおかつ定期運用がない編成。その人気と注目度は抜群のようです(小倉駅でも、停車中に多くの人に撮影されていました)。

 別府湾を左手に見ながら走るにちりん号[⑬]。13:08に、最後の途中停車駅である別府に到着します[⑮]。普通のソニック号であれば、当然、別府で降りる人も多くいるのでしょうが、何せ”同業者”ばかりを乗せた485系です。乗客の目的地はみんな終点の大分のようで・・・(私もその1人ですが、それは決して「長く乗っていたい」とかそういう理由ではないですよ!大分から豊肥本線に乗り継ぐという大義名分があります!)。

 3号車の客室内のデッキ寄りのところに、800系の絵が描かれたカバーで覆われた何かがありました[⑰]。シルエット等々から判断するに、車内販売用の台車ではないかと思いますが。大分行きのにちりん83号では、全区間を通して車内販売はありませんでしたが、小倉行きのにちりん82号は、(小倉到着時の様子を見る限り)結構な数の人が乗っていましたし、ひょっとしたら、にちりん82号では車内販売があったのかもしれません。

 別府を出ると、次は終点の大分。別府の市街地[⑱]を離れて、大分へ向けてのラストスパートです。別府〜東別府間ではいったん内陸寄りを走りますが、東別府から先は、隣の西大分駅付近まで、別府湾に非常に近いところを走ります[⑲]。この海の車窓を列車内から眺められるというのは実に良いものですが、写真に写っている車の運転手も、海のほど近くを走ることができて、きっと良い気分なんだろうなぁ。

 そして高架橋を駆け上がり、13:20、終点に大分に到着[⑳]。小倉からの所要時間は1時間38分でした。つい最近高架化が完了したばかりの、近代的で小奇麗な高架駅には、485系はいまひとつ似合わないというところなんですが、”高架になった大分駅”との組み合わせを、その車両人生の晩年に披露?することができました。





















 大分駅は、2012年3月17日に全面高架化されました。現在は、北口に駅ビルを建設する工事が進行していて、ホームから北口側を見ると、駅舎などがないため街の様子を見渡すことができ(と言っても、ビルばかりなので向こうの方までは見えませんが)、また工事用の機材などが見えます[①]

 Do-32編成はこの後、13:48発の小倉行きの臨時特急にちりん90号として運用されますが、引き上げ線へ向け、一旦ホームを離れました[②]。写真のように、Do-32編成は、大分側の先頭車と小倉側の先頭車で顔が異なるんですね。

 かなり個人的な話ですが、私にとって、この”顔”は、Do-32編成の残念なところの1つです。大分側の顔は、分かる人にはすぐ分かることですが、元々は貫通型だったのを、貫通扉を閉塞して、しかも扉まで外してしまったものです。そのため、非貫通型の顔であるにも関わらず、ヘッドマークが貫通型向けの正方形の面積が小さいもので、また貫通扉用のレールが上下の両方にあるなど、貫通型時代の名残が残ってしまっています。

 一方、小倉側の顔はというと、ヘッドマークはやや横長の面積が大きいもので、レール(もっとも、非貫通なので実質飾りだが)も上側にだけあるなど、そのあたりは問題ありません。しかし、タイフォンカバーが気に入りません。個人的な好みとして、485系のタイフォンカバーは、大分側の顔のような、開いたり閉じたりするタイプが好みなんですよね。ところが、小倉側の顔のものはスリットタイプ。うーん・・・。

 ここ大分で、また”常磐線”に出会いました[③]。JR九州の鋼製の415系の中には、JR東日本から譲渡された車両もあるので、”常磐線を走っていた経験のある”ものまで存在します。ちなみに、この鋼製の415系には、今回の旅の中でも1度乗車する機会がありました。

 大分駅は日豊本線、豊肥本線、久大本線の3路線が接続する駅です。駅名標も、片側に、まき(牧・日豊本線)、たきお(滝尾・豊肥本線)、ふるごう(古国府・久大本線)と3つも駅の名前が記されます[④]。豊肥本線も久大本線も、よくある「主要駅の1つか2つ隣の駅から分岐する」というものではなく、大分駅から直接(しかも同一方向に)分岐しているので、結果として、駅名標の片側に3つも駅名が記されることになったんですね。

 もうここで次に乗る列車をご案内しておこうかと思いますが、次に乗る列車は、14:30発の豊後竹田行きの普通列車です[⑤]。豊肥本線というと、2012年7月の豪雨で不通区間が発生した路線です。

 今回の九州旅行の旅程を考える際、時刻表の豊肥本線のページが目に入り、「そうか、豊肥本線」と思いましたが、不通区間は2013年8月末に復旧すると発表されたので、「今回は諦めざるを得ないか」と思っていました。しかし、復旧工事が順調に進んだために開通が前倒しされ、8月4日には不通区間が復旧しました。その結果、嬉しいことに、今回の九州旅行で豊肥本線(の全線)に乗ることができるようになりました。

 つい1年半ほど前に高架化が完了したばかりということもあってでしょうが、駅舎内はなかなか綺麗でした。改札内の様子はこんな感じ[⑥]。床が床だからでしょうが、駅の中というよりは、まるで家の中という感じがしてきます。

 大分駅の南口は、以前から裏口という扱いでしたが、駅の高架化に伴う整備などは、表口である北口よりも先に完了しているようです[⑦]。駅高架下への入り口もきちんとしています[⑧]

 では表口である北口はどうなのかということですが、こちらが目下駅ビル建設中の方で、入り口も”仮駅舎”のような佇まいです[⑨]。駅ビルの完成は2014年春を予定しているので、この状態はそんなに長くは続きませんが、いや、でもやっぱり「←大分駅」なんて愛想もなく書かれて、工事用の囲いが立ち並ぶというのはなあ・・・。

 駅舎の中では、子供向けの、蒸気機関車を模した乗り物が、ずっとコンコース内を回っていました[⑩]。レールの上を走っているなどというわけではなく、テープで示された範囲を目安にタイヤで走るものでした。が、駅の利用者が行き交うコンコース内を、それら利用者と一緒に動くので、これを走らせる方もコンコースを歩く方も、接触しないようにお互いに気を使うという、やや面倒そうな状況になっていました。


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