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 留萌本線の普通列車に乗車します[①]。留萌本線は、既に1月に全線乗車しているので、もちろん、終点の増毛までは行きません。とある秘境駅を訪れることを目的として、この列車に乗車しました。私と同じようにスーパーカムイ23号から乗り換えてきたお客も受け入れたキハ54形は、終点の増毛へ向けて、16:10に深川を出発します。

 キハ54形は、国鉄末期に導入された車両であり、ステンレス製の車体であるというところも含め、それほど古臭さを感じさせない車両です。とはいえ気動車、つまり、非電化区間のローカル輸送に従事する(急行型仕様もありました)ことを前提として いる車両ですから、そんなに贅沢な造りではありません。車両は非冷房、天井では、未だにJNRマークのままとなっている扇風機が稼働していました[②]


 北一已、秩父別と停車して、下車駅の北秩父別に16:23に到着します[③]。いかにも青春18きっぷを利用している鉄道ファンだなと思わせる乗客が結構いたので、私と同じように秘境駅巡りを志す人が一緒に降りてこないかどうか心配になりましたが、降りたのは、私1人だけでした。人気がしない、静かな環境にぽつりと佇んでいるのが秘境駅の魅力ですから、他の人がいたらちょっと・・・です。

 北秩父別駅ですが、板張りのホームという時点で既に秘境駅感が強く漂っていますが、そのホームの長さは、1両編成の気動車を収めることすらできない短さです[④]。車両の後ろ側はホームから外れてしまっています。「一番前の扉さえホームにかかって乗り降りできれば、それでいいんだよ」とでも言わんばかりの割り切りを感じます。キハ54形は、私1人だけを下ろして、遥かな直線へと消えていきました[⑤]





























 見るからに普通の駅ではない。この駅はちょっと特別な駅だ。北秩父別駅に降りれば、きっと誰もがそう思うことでしょう(というか、そうであることを知っているからこそ、皆ここに降りるわけですが)。

 北秩父別駅は、板張りホームを持つ1面1線の駅です。そのホームの長さは、車両1両分にも満たないであろうという短さ。この駅は、1日に下り8本、上り9本の列車が通っていきますが、停車する列車は、そのうちの下り2本、上り4本しかありません。ここを通る列車のうち、半分以上の列車は通過してしまうという駅です。ちなみに、先ほど私が乗車した北秩父別16:10着の列車が、下りの一番列車です。

 そんな小さな駅ですから、もちろん、ここは無人駅です。そして、利用客も非常に少ないです。1992年度のデータで、1日の平均乗降客数は2人と記録されていますが、乗る人と降りる人の数を合算した「乗降客数」が2人ということは、定期的に利用する人は、恐らく、ここから深川方面に通学する高校生が1人だけいたというところではないでしょうか(朝乗って乗車+1、夕方降りて降車+1で計2人)。

 少子化と鉄道の斜陽化が進み、地方における鉄道の利用が年々減少していることを踏まえると、1992年度で平均乗降客が2人しかいなかったということは、もしかしたら、それから20年以上が経過した現在は、1日の平均乗降客数は0人になってしまっているかもしれません。もちろん、私のような旅人が不定期に乗り降りすることはありますが、定期的に利用する人がいなければ、365で割ったときの数が1人にも満たなくなります。

 駅員も利用客もいない駅は、昆虫のかっこうのたまり場。上の方を見てみると、蜘蛛の巣がありました[②]。周囲を田畑に囲まれ、ずーっと直線に伸びる線路の脇にぽつんと佇む北秩父別駅は、山奥にある駅というわけではないのに、そうそう人がやってくる場所に見えません[⑤]。これほどの小さな駅です。北秩父別を通過する列車に乗っている人も、いったいどれだけの人が、この駅の存在に気がついてくれるというのでしょうか。

 北秩父別駅には、雨風をしのげる木造の待合室があります。床から壁、屋根、扉[⑥]、椅子に至るまで、全て木材でできていて、まさに「木造」という待合室です。待合室を形作る木材が全く隠されることなく晒されているので、もはや「日曜大工で作った小屋」にさえ見えてきます。

 その待合室の扉ですが、木材の反りなどで建てつけが悪くなったのか、開閉が非常に重いです。残念ながら、片手で開けることはほぼ100%不可能です。この扉を開けるには、写真のように、手で押す(引く)とともに、同じ方向に向かって、足で”優しく”蹴ってやる必要があります[⑦]。どこか一部分に力をかけるだけでは、もはや動かないという状態になっています。扉の上方と下方の両方に力を与えなければなりません。

 待合室の内部の床も、当然木材でできています。床には、わずかながら隙間があり、下にある草が見えるようになっています[⑧]。この待合室がいかに簡易的な造りであるのかがよく分かります。壁には発車時刻表がかけられていますが、半分以上の列車が通過するだけに、発車時刻表もスカスカです[⑨]。この時刻表の通り、朝に深川方面へ行き、夕方に戻ってくることを意識したダイヤとなっています。

 秘境駅ではおなじみの駅ノート[⑪]。実を言わせてもらうと、私は、この駅ノートというものがあまり好きではありません。見ることはしても、書くことはしません(以前は書くこともありましたが、嫌になりました)。結局、秘境駅の魅力とは何かといえば、人気が少ないところに駅がぽつんと佇んでいて、そこにいることで、一人旅をしている自分が、1人で感傷的な気持ちになれることだと思うんですよね。

 その「人気が少ないこと」が大切なのだと、私は強く思います。だからこそ、このような秘境駅を訪れるときは、絶対に他の人には同時に降りてもらいたくないという思いがあります。駅ノートも、これがあると、(当たり前のことですが)自分以外にもここを訪れた人がいるのだということが分かってしまい、秘境駅にあってはならない「人気」を感じてしまうんです。私はそれが嫌なんです。

 田畑の中にぽつんと佇む・・・という北秩父別駅の環境を台無しにしてしまっている残念なものが、駅のすぐ近くにあります。それは、この「深川留萌自動車道」[⑮]。交通量はそれほどでもなく、バンバンと車が往来しているわけではありませんが、高速道路の構造物が駅のこんな近くにあったら、せっかくの雰囲気もぶち壊しです。この道路が完成する前は、きっともっと魅力的な秘境駅だったことでしょう。

 待合室の裏に回ってみました[⑯]。後から補修用の木板を打ち付けたのでしょうか、綺麗な木板とそうでない木板が混在しています。待合室を支えている足場は、コンクリート造りのような立派なものではなく、これまた木材で、木の足によって待合室が支えられていることが分かります[⑰]。駅の待合室がここまで簡素で簡易的だと、国鉄が造って設置したのではなく、地元の人が手作りして設置したのではないかと思わされてしまいます。

 晩夏ですから、17:00前くらいでは、外はまだまだ明るいです。しかし、日差しは日中ほどの強さは持たず、陽光の色は白から橙色に変わり、青空と白雲、そして地上にあるものに、日中よりも穏やかに、優しく照り付けます。時折そよぐそよ風が草木を揺らす音が、今ここにある全ての音です。地面に長く伸びる自分の影が、今ここにある全ての人です[⑱]。まるで音のする写真の中にいるかのような気分です。

















 駅というものは、人工の構造物です。自然の中に聳えていれば、それは目立ち、明らかな存在感を持っています。北秩父別駅には、それがないような気がします。どうしてなのでしょうか。

 やはり、それは、規模が小さく小ぢんまりとしているからというのと、ホームや待合室、スロープ[①]など、駅を構成するのに必要なものが全て木材・・・、つまり、天然のもので造られているからでしょうか。同程度の規模の駅でも、ホームや待合室がコンクリートで造られていたら、これほどの親和性はなかったのではないかと思います。北秩父別駅は、その自然に対する溶け込み具合も、魅力のひとつです。

 板張りのホームは、時に頼りなく、そして時に頼もしくあります。板張りのホームの上を歩けば、木板を歩いているときの独特の音が、足元から確実に響いてきます。その音は、ただ歩いているだけなのにこんなに音がして大丈夫なのか、底が抜けることはないのだろうかという不安を感じさせるとともに、今ここにいる人間は自分だけだ、そして自分はたしかにここに存在しているのだということを再確認させます[③]

 上りの最終列車、17:05発の深川行きがやってきました[④]。この後、上り列車は2本ありますが、どちらも北秩父別駅は通過してしまいます。

 キハ54形ですが、もちろん冷房はついていません。行きの列車では扇風機を頼りましたが、今回は窓を開けて対応することにしました[⑤]。窓を開けると、涼しい風を浴びることができるだけでなく、1両編成の列車独特の「タタン、タタン」と繰り返す走行音を、より大きな音で聞くことができます。太陽はさらに低くなり、ついてきて離れない大きな影は、日中よりも、より一層大きくなりました[⑥]

 深川には17:18に到着。銀色のステンレス製の車体を持つキハ54形のその車体に、夕陽がぎらぎらと輝いていました[⑦]


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