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 木次までの閑古鳥の鳴きようが嘘だったかのように、木次で一気にほぼ満席となりました[①]。どうやら団体のようでしたが、特徴的だったのは、お年を召した方々の団体ではなく、地元の小学生か幼稚園児かというような、小さな子供を伴った団体であったということです。これまでは静かだった車内も、団体客を迎え入れたことで、一気に賑やかになりました。

 青い空に白い雲、淡い緑色を湛えた水田の稲穂と、深い緑色の世界を織り成す森の木々。視界いっぱいに広がる色鮮やかな景色。ぽつぽつと建つ民家は、この地を取り巻く穏やかな時間の流れを想起させます[②]。濃度の強い色が支配するこの景色ですが、不快に思うことなどあるはずはなく、むしろ人に心地良いと感じさせますが、それは、もはや理屈では説明のつかないところなのかもしれません。

 宍道〜木次間にはトンネルがありませんでしたが、木次〜備後落合間には、合計27か所のトンネルがあります[④]。トンネルに入ると、列車が振り撒く音全てが反響して車内に入り込み、窓がないこととも相まって、まさに轟音が鳴り響きます。車輪と線路が擦れることで生じるキーッという甲高い音、トンネル内部の冷えた空気も加わって、トンネルに入るたびに、普通の列車では味わえない独特の世界が展開されます。

 木次の次の日登から車内販売が開始されたので、販売員に勧められるままに、ブルーベリーアイスを購入してしまいました[⑤]。バニラではないので、味は違いますが、スプーンを受け付けようとしないその硬さは、子供の頃に新幹線の車内で食べたあのカッチカチのアイスを思い起こさせます。

 出雲三成で木次行きの普通列車と列車交換を行います[⑥]。木次線の定期の普通列車は全てキハ120形で運転されていますが、奥出雲おろち号は、DE10形[⑦]・DE15形と12系客車の組み合わせによって運転されています。トロッコ列車・・・、観光列車・・・などと言われますが、鉄道好きの人間としては、全国的に見ても希少になった「客車列車」であることを忘れるわけにはいきません。

 さて、奥出雲おろち号には、「控車」と称して、2号車に12系座席車が連結されています。トロッコ車両は窓がないため、雨などの際には、乗客は濡れてしまいます。そのような場合に利用する「避難場所」の車両として、この控車が連結されています。トロッコ車両に冷房がない反動なのか、控車は冷房がかなり効いており、非常に涼しい空間となっていました。

 12系座席車元来のボックスシートではありませんが、座席は途中で止めることができない簡易リクライニングシートで、座席以外の部分は、古めかしい雰囲気が残されています。12系ならではの開閉可能な二段窓も存置され、そんな素晴らしい空間をほぼ一人占め(ほとんどの人はトロッコ車両に夢中で、こちらは「避難場所」程度にしか認識していないようで)できているという事実に、少しばかりの感動を覚えます[⑧]

 背面テーブルなどはありませんが、壁に固定式の小さなテーブルが取り付けられています。ニスをふんだんに塗りたくっているのか、表面が麗しく輝いています[⑨]。また、各座席は初期状態では向かい合わせになっていますが、座席の回転機構は残されており、背もたれを前へ倒すとロックが外れ(ペダル式ではありません)、座席を回すことができます[⑩]。そして、各座席のリクライニング機能も健在です[⑪]

 この控車の中で、出雲三成で積み込まれた仁多牛べんとうを昼食として食べることにしました[⑫]。消費税増税がありながらも、税込み1000円ぴったりの価格を設定してくれています。白米の上に仁多牛を使ったすき焼きを乗せただけというシンプルなもので、手作り感に溢れている弁当ですが、味は上等です[⑬]。ただしこの仁多牛弁当、出雲三成〜出雲横田の2駅間でしか販売されない(情報錯綜。備後落合まで売るとも)ので要注意。

 12系座席車で「一昔前の客車列車の旅」を堪能しつつ、列車は備後落合に向かって南下を続けます。11:09に列車は出雲横田に到着します[⑭]。神社風の駅舎は1934年の駅開業当時から使用されているもので、歳月の経過を重ねて、ますます風格が出てきたかのようです。

 木次線は、3段式のスイッチバックを擁していることで有名な路線です。まもなく出雲坂根に到着するというころ、スイッチバックの2段目の線路が、進行方向左手に現れます[⑯]。これから行う”儀式”への期待が膨らむ中、11:31、奥出雲おろち号は出雲坂根に到着しました[⑱]。8分という停車時間は、列車を背景に記念撮影をするのにはもってこいの時間です。

 これから通過する「3段式のスイッチバック」とは、どのようなものであるのか。それを示したジオラマが展示されていました[⑳]。ジオラマの左側からやってきた列車は、まず右の方にある出雲坂根駅に停車します。その後、2段目の線路を通って左奥へ行き、更に3段目の線路を通って右へ向かうという流れでスイッチバックを切り抜けます。




























 出雲坂根を発車した列車は、まず2段目の線路を進んでいきます[①]。「進んでいきます」と申し上げましたが、出雲坂根で進行方向を変えているため、この写真の手前側に向かって動いている状態、即ち見ている景色が遠ざかるように動いています。このため、現在は機関車が先頭になっていますが、そう長い時間この状態が続くわけではないので、運転士は機関車には移動せず、1号車の運転室で後ろを見ながら列車を動かします。

 出雲横田から観光ガイドの方が乗車していて、沿線の見どころなどを案内してくれていますが、このスイッチバックについての説明ももちろん行います。このようなスイッチバックも、列車を運転する側からすれば面倒なだけですが、地域の側からすれば、「3段式スイッチバック」は、木次線を特徴づける観光資源であるわけで、「鉄道好きだけが知っている」で終わらせないような努力がされています。

 2段目の線路の端にやってきました[③]。左へ分岐して上っていく線路は3段目の線路、奥へ伸びて下っていく線路は2段目の線路です。スイッチバックならではの列車の動きや配線は子供たちの興味を惹きつけるようで、運転室横の前面展望ができるところは、子供たちで溢れていました[④]

 そして列車は再度進行方向を変え、3段目の線路を上っていきます。先ほど停車した出雲坂根駅が眼下に見えます[⑤]。駅に繰り出して物品の販売などを行っていた方々が手を振り、奥出雲おろち号を見送ってくれました。

 出雲坂根〜三井野原間において、木次線一の絶景、そして奥出雲おろち号最大の盛り上がりがやってきます。国道314号線の奥出雲おろちループの構成要素のひとつである真紅の三井野大橋(三井野原大橋)が、芸術性すら感じる美しいアーチを披露して、青空と緑の間に映えます[⑥]。ここでは、この素晴らしい眺めを乗客に堪能してもらうべく、奥出雲おろち号はいったん停車します。

 国道314号にある道の駅・奥出雲おろちループからこちらの列車を眺める人たちがいました[⑦]。こちら側から手を振ると、向こうもそれに気がついて手を振り返すという光景が見られ、言葉も表情も把握できないほどの距離があっても、身振り手振りひとつで人の心が通い合うという場面に立ち会うことができました。そういえば、道路側から列車側を見ると、いったいどのように見えるのでしょうか。

 大きく、緩やかな弧を描く奥出雲おろちループ[⑧]。こうした絶景を脳裏に焼き付けつつ、11:59、列車は三井野原に到着します。木次から乗車した団体の面々は、ここで全員一斉に降りてしまい、車内は再度ガラガラになってしまいました[⑨]。加茂中から乗ってきたお年寄りが途中のどこかで降りてしまったのを除けば、なおも車内に残った人たちの顔ぶれは、宍道〜木次間でも乗っていた人たちのそれでした。

 三井野原の次の油木は、最後の途中停車駅です[⑩]。見るからに小さな駅ですが、非延長運転区間である木次〜備後落合間は、数の少ない普通列車の増発分としての役割を兼ねるかのように、全ての駅に停車していきます。

 次は終点の備後落合です。備後落合で下車する前に、もう一度このトロッコ車両の真髄を味わおうと思い、爽やかな風をたくさん浴びてみましたが、柵に近づけば近づくほど、着ている服は大きくはためきました。このはためきは、冷房の風によるものではありません。列車が走ることによって流れる、自然界の涼風によるものです[⑪]。そしてふと床を見てみると、どこからやってきたのか、葉っぱが落ちていました[⑫]

 トロッコ車両の天井にはオロチのイルミネーションがあり、トンネルに入ると、色を変えながら点灯します[⑬]。しばらく見つめていると、桃色、青色、緑色など、様々な色に変化していくことに気づくはずです。天井にある照明は、丸い電球を使用したやや古風なもので、特にトンネルに入ると、電球色の暖かな光の質感を感じることができます[⑭]。その色合いは、木製の座席が並ぶトロッコ車両にピッタリ。

 12:24、宍道から約3時間をかけ、終点の備後落合に到着しました[⑮]。三井野原で大勢の人が降りてしまったため、備後落合で降りた人の数は、そう多いものではありませんでした[⑯]。木次線は宍道〜備後落合間を結ぶ路線のため、これで木次線の全線乗車が完了しましたが、奥出雲おろち号に乗ったことで、楽に、楽しく攻略ができました[⑰]。ただの普通列車であれば、こうは行かなかったことでしょう。

 わざわざ説明するまでもないかもしれませんが、芸備線と木次線が接続する備後落合は、奥出雲おろち号の終着駅にもなっているなど、運転上はたしかに主要駅ですが、その実態は、山奥の小さな駅です[⑱]。周囲を山に囲まれ、駅員もおらず、タクシーも見当たらず、数軒の民家と簡易郵便局があるだけというこの駅では、事情を知っていれば大丈夫ですが、そうでなければ、終着駅として放り出されたところで途方に暮れかねません。

 2両連結される12系客車のうち、控車はほぼ原形の12系ですが、トロッコ車両は、内外ともに大きく改造されました。「内」については、これまでに見てきた通りですが、「外」も、貫通扉が閉塞された他、先頭車両としての運転に備えて前照灯が新設され、真ん中と左の窓が12系座席車の側窓と同等の開閉可能な窓になったなど、その装いを改めています[⑲]。正面左下には、機関車に装着されるヘッドマークの縮小版がついています。


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