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 かつての寝台特急あけぼの号が列車ホテルとして営業している小坂鉄道レールパークにやってきました[①]。駐車場に2台の車がありますが、どちらも「わ」ナンバーであり、レンタカーでした。今回、私はバスでここまでやってきましたが、たしかに、「あけぼの号に泊まりたい」と思っても、ここは交通の便はあまり良くありません。私も、大館か鹿角花輪で車を借りて、それで来ようかなとも考えていました。

 そして、私の目の前には、あの懐かしのブルートレインの姿が・・・[②]。暗がりの中に溶け込むような青色の装いをしつつも、赤く灯る尾灯、これから迎える朝焼けを思わせるデザインをしたテールマーク、そして煌々と光を放つ室内灯によって自らの存在を主張するその出で立ちこそは、まさにかつて9度旅路を共にした寝台特急あけぼの号そのものです。

 小坂鉄道レールパークは、2009年に廃線となった小坂鉄道の旧小坂駅を活用して開業した施設です。晩年は貨物輸送だけを行っていた同鉄道ですが、1994年までは旅客輸送も行っていたため、小坂駅には、旅客列車用のホームが残っています。あけぼの号は、その旅客ホームに据え付けられるため、外から見ると、「深夜の小駅(しょうえき)に停車するブルートレイン」そのものです[③]

 事務室でチェックインの手続きを行いましたので、さっそくあけぼの号に”乗車”することとしましょう。宿泊に利用できる設備としては、A寝台個室シングルデラックス(1泊4320円)とB寝台個室ソロ(1泊3240円)の2種類があり、今回は前者を選択しました[④]。と言っても、A個室は非常に人気があり、連日満室が続くのが当たり前(B個室は混みにくい)。私もA個室を狙っていましたので、予約が取れて本当に良かったです。

 各客車はきちんと電源が供給されているため、「特急あけぼの 上野」の方向幕も[⑤]、「A寝台」と書かれた設備種類の表示も[⑥]、現役時代と同じように明るく灯っています。電源をとれなければ宿泊施設としての営業などできないので、当たり前といえば当たり前ですが、こういったところに「ただ置かれているだけの保存車」ではなく、「”生きている”保存車」としての要素を感じ取れます。

 ちょっと前置きが入ってしまいましたが、今度こそ「あけぼの号のシングルデラックス」に乗車しましょう[⑦]。編成がホームに据え付けられているということもあり、宿泊客は、妻面の貫通扉などからではなく、各車両にある乗降扉から出入りすることができます。そして、ここから車内に足を踏み入れたその瞬間、私の中に、かつてブルートレインで旅をしたときの例えようのない高揚感が甦りました。

















 シングルデラックス車両の中にやってきました[①]。列車ホテル化にあたっては、線路上を走る鉄道車両ではなく、地上にある不動産としてのホテルなどと同等の扱いとなるため、消防法との絡みもあるのか、自動火災報知機や出口への誘導灯が追設されるなどの変化はありますが、全体的には元の雰囲気をよく保っています。B寝台車両とは趣の異なる、高級感のある廊下も、あの頃のままです。

 今日の部屋は6番室です[②]。現役時代であれば、「7号車 6番 個室」と印字された、120mmの個室寝台券を手にしていたことでしょう。濃いマホガニー調の入り口扉、そして「”A”個室6」と書かれたプレートが、ここがワンランク上の個室寝台であることを教えてくれます。

 そして扉を開けると・・・、う〜ん、素晴らしい・・・[③]。そこに広がっていたのは、2008年8月・2013年1月と過去2回の乗車経験があるあけぼの号のシングルデラックスの空間そのものでした。昨晩のトレインホステル北斗星は、あくまでも廃パーツを流用して作り上げられたもので、本物の北斗星号の車両ではありませんが、こちらは「本物のあけぼの号の車両」。やむを得ない改修以外の”再現度”はほぼ100%です。

 現役時代との目立った違いはといえば、ソファー上部の布カバーがない(マジックテープが見えますね)ことくらいで、それ以外は、余計なものがついたり、必要なものがなくなったりといったことはほとんどありません[④]。「シングル」と言いつつも2人での利用が可能で、部屋の壁面には補助ベッドがありましたが、それも健在であり、ブルートレインあけぼのにおいても、シングルデラックスの2人利用ができます[⑤]

 A個室というだけあり、鉄道車両の個室寝台としては”広い”と言えますが、普通の宿泊施設として考えたときには、お世辞にもこれが”広い”と言えるはずはありません[⑥]。それゆえ、特に鉄道に興味がない人を連れてきてしまえば、「なんなんだこれは」と言われかねませんが、逆に鉄道が好きな人からすれば、この「個室寝台としての狭さ」も含め、これほどわくわくするホテルは他にありません。

 ナイトテーブルと寝台についての案内[⑦]。「本日はあけぼの号A個室寝台を・・・」ではなく、「本日は寝台特急A個室寝台を・・・」という書き出しで文が始まるのは、これとほぼ同等仕様のA個室が北陸号にも導入されていたためでしょう。案内プレートは共通仕様にしたかったわけですね。その右側にある妙な空きスペースには、以前はビデオ放送が見られるモニターがありました(2011年9月でサービス終了)。

 個室内には洗面台がありますが、これはさすがに使用できません[⑧]。車両床下についているタンクを使おうとすると、そこに水を注入したり、汚水を抜き取ったりするための設備が必要ですし、これ以上の車両の劣化を避けるためには、水回りは使用しないに越したことはありません。給排水のための配管を地面から繋ぐという手法もありますが、このあけぼの号は”動く”(詳細は明日)ため、それもできません。

 個室内にある各設備を操作するためのコントロールパネルですが、「音響・BGM・時計は使えません」とのこと[⑨]。しかし、裏を返せば、それは「空調・照明は使えます」ということです。これは実際にその通りで、空調や照明はきちんと車両元来のものが稼働しているほか、そのスイッチは生きており、それぞれの強弱やオンオフは、本当にこのコントロールパネルから行うことができます。

 保存車というのは、得てして鉄道から離れた場所に設置されることも多いように思われますが、ブルートレインあけぼのの場合、その設置場所は「鉄道に近い」どころか、「鉄道用地そのもの」です(小坂駅ですから)。それはつまり・・・、窓越しには、この車両が本当に線路上を営業運転しているかのような”車窓”があるということです[⑩]。これが深夜の駅に停車中の図であると言われても疑いません。

 まだ寝床には就きませんが、このようにして寝具類を整えると・・・、「あけぼの号で過ごしたあの日の夜」の復活はすぐそこです[⑫]



















 小坂鉄道レールパークに搬入・保存されることになったあけぼの号の車両は、実に4両にも及びます[①]。開放式B寝台車のオハネフ24-12、B寝台個室ソロのオハネ24-555、A寝台個室シングルデラックスのスロネ24-551、そして電源車のカニ24-511です。日本には数多くの保存車がありますが、1つの形式が複数保存され、それらが編成を組んでいるという例は、決して多くはありません。

 ここで保存されている客車において特筆すべきなのは、一般的には地味で、かつ”ウケ”が悪そうな電源車が保存の対象に選ばれているということでしょう[②]。これにより、理論上は、その気になれば、再び営業列車として走ることも可能ということになります。小坂鉄道レールパークには申し訳ない話ですが、正直、このまま4両ともJRに復籍して、いろんなイベント列車を走らせてもらいたいくらいです。

 「電源車にも目をつけるとはお目が高い」と言いたいところですが、実はこの電源車は、そんな一言で片づけることはできない、非常に重要な意味を持っています[③]。車両の各種設備、とりわけ空調については、鉄道車両用の特殊仕様であり、一般家庭用の電源では動きません。この電源車があれば、車両用の電気を生成できるため、各車両にある元の電気設備をそのまま活用できるというわけです。

 ちょっとこの先のネタばらしになりますが、岩泉にあるブルートレイン日本海の場合は、電源車がないため、車両で使用する電気は外部から供給しています。しかし、その電気では、電圧等の都合上、車両に元からある空調設備を動かせないため、各車両には、オフィスや学校で使用される汎用の空調機が追設されています。電源車があれば、そういったことをせずに済むわけですね。

 もっとも、夜間ゆえにできる限り騒音を抑えなければならないからか、排煙による臭いへの対策のためか、はたまた軽油を節約するためか、宿泊営業をするためにホームに据え付けられている間は、電源車本来の発電機は使用せず、電源車に極太のケーブルを接続して外部から電源を取り入れ、それを電源車内に追設された変換器を通じて各車両に供給しているようでした(そのため静かでした)。

 車両に当たった光から生み出される、鈍く、艶やかな輝きは、これらの車両の保存状態の良さを示します[⑤] [⑥]。実際、小坂鉄道レールパークでは、あけぼの号の客車の維持・管理にはかなり気を遣っていて、冬季(おおむね11月半ば〜4月下旬)は宿泊営業をせず、施設奥にあるトンネルに押し込めて”冬眠”させてしまうほどです。なお、12月1日〜3月31日は、レールパーク自体が冬季休園となります。

 月明かりに見守られながら走るブルートレイン[⑦]。1面1線の小坂駅に停車する姿は、沿線の小さな駅にもこまめに停車していたあけぼの号を想起させます[⑧]。車側灯が点灯している間、この列車は、ふるさとや旅先を目指す人たちを受け入れ、夜も遅くなって無人駅となったその駅のホームに、車掌が鳴らす笛の音が高くこだますれば、発車はもうすぐです[⑨]。ああ、車内から漏れる光が、私たちを呼んでいます[⑩]

 辺りはすっかり暗くなって寝静まっているのに、その寝台特急は眠ることなく走り続け、翌朝には乗客たちを目的地に送り届ける。夜だから眠る、夜だから動かない、という風潮に抗い、夜だからこそ本領発揮と言わんばかりに躍動する。その一種の美しき矛盾こそ、私は、趣味人として見たときの夜行列車の最大の魅力であるように思います[⑪]。「暗闇を駆ける勇者」、それがブルートレインです。

 今回はA寝台個室を選びましたが、その隣には、B寝台個室ソロが連結されています[⑫]。上下に規則的に並ぶ個室の窓が特徴的です。あけぼの号のソロは定員を重視した造りとなっていて、同じオールソロでも、北陸号のものが1両あたり20室であったのに対し、あけぼの号のそれは28室を達成しています。もっとも、その代わり、各部屋は極めて狭く、一部では”棺桶”とさえ呼ばれます。

 さて、そろそろ床に就くこととしましょうか・・・。自室のカーテンを開け、窓越しの景色を見ると、夜空には、薄い雲に隠されかけながらも、大館駅でも見た大きな月が鎮座していました[⑬]。そして、月から地表にやってくる月明かりは、ブルートレインあけぼのの各個室にも射し込んできて、「寝台特急の個室で過ごす一夜」を、この上なく情感あふれるものに仕立ててくれるのです[⑭]







★本文中では触れることができなかった、ブルートレインあけぼのでのいくつかの追伸事項★



宿泊者は無料で自転車を借りることができます。小坂鉄道レールパークから450mほど自転車を走らせたところに、コンビニのファミリーマートとローソンがあるので、夕飯を買い出しに行くときは、その自転車を借りると良いでしょう。また、飲み物についてだけであれば、建物内に飲料の自動販売機が設置されているため、そこで購入することもできます。

A寝台個室にはコンセントが2口あり(追設したものではなく、現役時代からあるもの)、どちらも実際に電気が来ているので、電子機器の充電についての心配は無用です。B寝台個室にはコンセントがないため、ソロを利用される場合は、もし何かを充電したいと思ったら、休憩室にそれ用のマルチタップがあるので、そこで充電をすることになります。

シングルデラックスにある洗面台は使用できない、ということはお伝えしましたが、その他各車両のデッキにある洗面台や冷水器、便所なども使用することはできません。用足しは建物内にあるものを使用することになります。

宿泊の予約時に申し込んでおくと、翌朝の朝食として、温かいお茶付きの「鶏めし」を食べることができます(税込み1000円)。7:30〜9:00の間に受付で受け取り、休憩室または開放式B寝台車両で食べられます。お茶はティーバッグのみが入っているため、休憩室にあるポットで熱湯を入れ、自分で作ることになります。また、休憩室には電子レンジもあるため、鶏めしをホカホカにすることも可能です。

各寝台個室は飲食禁止となっているため、飲み食いをするときは、休憩室(建前上は深夜は減灯のようですが、実際には常時明々としています)を利用するか、または飲食可能な休憩スペースとして開放されている開放式B寝台車(22:00〜7:00は消灯・閉鎖)を利用する必要があります。

例えA寝台個室であっても、現役時代とは異なり、歯ブラシなどのアメニティの提供はありません。また、タオル類の提供もありません。一応、100円で「歯磨き・タオルセット」が売られてはいますが、歯ブラシやシャワーを浴びるためのバスタオルは、持参した方が良さそうです。私自身は購入していませんが、とりわけタオルは、100円でバスタオルサイズのものが入手できるとは思えませんし・・・。

各個室の施錠については、現役時代からの暗証番号による電子錠が使えます。そのため、物理的な鍵の受け渡し等はありません。もし電源車からの電源供給をしていなかったら、本来は緊急開錠用のシリンダー錠でも使うことになっていたのでしょうか?


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