Page:21

※各画像はクリックすると拡大します。












 門司港行きの普通列車は813系による運転でした[①]。ところで、どなたか具体的な数値をご存知の方がいらっしゃったら教えていただきたいですが、813系の乗降扉の高さは、いったい何cmなのでしょうか?[②] 私の身長は178cmなので、べらぼうに高くはありませんが、そのまま乗り降りすると、頭をドア枠にしたたかに打ってしまいます・・・(1994年登場の車両なのに、”昭和の体格”基準の設計?)。

 6分ほどで門司に到着しました[③]。例の絵は「関門トンネルを潜り抜ける811系」に見えますが、811系は交流専用車両なので、本州(直流)と九州(交流)の行き来はできない・・・などという野暮なツッコミをいれるのは、絶対にやめましょう(一般の人にとってはどうでもいいことをわざわざ指摘するのは、鉄道好きの悪い癖です)。

 ホームの有効長にはゆとりがあり、これまでに見てきた九州の各駅と同様に、在来線の長編成の列車が発着していた時代を偲ばせます[④]。しかし、今やそんなに長い列車は発着せず、また全ての列車が電車であるため、その一部分のみに電車の発着を前提とした嵩上げが施されていて、残る”対象外”の部分(写真でいうところの「手前側」)は、ほぼ無用の長物となってしまっています[⑤]

 2004年に竣工した橋上駅舎[⑥]。これは南口側から撮影したものです。駅舎のすぐ後ろに聳えるやたらと高い建物は、28階建ての高層マンション「門司ミッドエア」で、その高さは約99.9m。北九州市の高層建築物は、ある意味当然ではありますが、おおかた小倉駅周辺に集中していて、門司ミッドエアは、その中では数少ない、小倉駅付近ではないところに立地している高層建築物です。











 いよいよ九州を脱出して本州へ向かいます[①]。初日に沖縄、2日目に長崎、3日目に佐賀・熊本・鹿児島・宮崎、そして4日目に大分・福岡と、足かけ4日間をかけて、九州・沖縄地方の全県を巡ってきました。ここからは本州の各都府県の攻略が始まります。

 9:20発の下関行きは、4両編成の415系で運転されます[②]。JR西日本は、山陽地域に一般型の交直流電車は置いていないため(同社で唯一のソレは、北陸地方を走る415系800番代)、門司〜下関間を走る列車は、全てJR九州の415系で運転されます(JR九州も、415系以外には、交直流電車は持っていません)。ここの415系は、この先もしばらくは安泰そうです・・・。

 「415系が交流区域から直流区域へと走る」ということで、デッドセクションでは、車内の照明が一時的に消灯します[③]。かつて地元を走る常磐線で、415系に乗って取手〜藤代間を通るときには、必ずこの現象に立ち会いましたが、普通列車が全てE531系に置き換えられ、651系も取手〜藤代間を含む定期運用がない今、「地元であれだけ見た」ものは、こうして旅先でしか遭遇しない、珍しいものになりました。

 関門トンネルに突入します[④]。「海底トンネル」ということで、つい青函トンネルと対にされそうな関門トンネルですが、関門海峡と津軽海峡では、その条件が全く異なるため、トンネルの長さも全く違います(関門:約3600m、海底部走行距離:約1300m/青函:約53850m、同23000m)。だからこそ、関門トンネルは戦前の時代で既に出来上がっていましたし、走り抜けるのにも時間はかかりません[⑤]

 下関からは、もう少しだけ東へ向かいます。9:31発の新山口行きの普通列車に乗り継ぎます[⑥]












 新山口行きの普通列車に乗車しますが、その115系はなんと2両でした[①]。いくら西の果ての末端とはいえ、山陽本線なので、最短でもクモハ−モハ−クハの3両編成くらいはあるのだろうと思っていたのですが、2両というのもあるとは知りませんでした。

 下関〜幡生間で、JR貨物の幡生機関区の脇を通ります[②]。EF200形、EF210形などの直流専用機関車は、ここまででお役御免。ここから先は、交直流の境を渡るべく、交直両用のEH500形が貨物列車を牽引します[③]。逆に、九州側からやってきた貨物列車は、ここで必ずEH500形から直流専用機へと付け替えられます(EH500形は交直両用ですが、そのまま山陽本線を走っては行かない)。

 幡生駅の構内には、JR西日本の下関総合車両所が置かれています。ここでは車両の解体も行っているので、時として、普段はあまり目にしない珍しい車両を目撃することがありますが、今日は朽ち果てた12系(スハフ12-36)がありました[④]。SLやまぐち号が12系レトロ客車で運転されていたころの予備電源車でした。このほか、保存車の旧型国電(クモハ11形)も見られました[⑤]

 幡生を出ると、築堤を進む山陽本線から枝分かれした単線非電化の線路が、山陽本線の複線に挟まれながら地上へと下りていきます[⑥]。これこそが山陰本線で、京都〜幡生間673.8km(本線部分のみ)を結ぶ「日本一長い在来線路線(支線を除外したキロ)」は、ここから始まり(終わり)ます。

 そして下車駅の新下関に到着[⑦]。「新幹線に乗るわけではないが、でも新下関にやってきた」という説明のみで、なぜ私がここにやってきたのかを推測することができた方はお見事です。


TOP                    10  11  12  13  14  15  16  17  18  19
20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31  32  33  34
35  36  37  38  39  40  41  42  43  44  45  46  47  48  49  50
51  52  53  54  55  56  57  58  59  60  61  62  63  64  65
66  67  68  69  70  71  72  73  74  75  76  77  78  79  80  81
82  83  84  85  86  87  88  89  90  91  92  93  94  95  96
97  98  99  100  101  102  103  104  105  106  107  108  109
110  111  112  113  114  115  116


DISCOVER どこかのトップへ

66.7‰のトップへ