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いよいよ 乗降扉が閉まる。乗降扉が閉まる瞬間というのは、列車の中にいても、そして外にいても、どことなく緊張するものである。途中駅ならばともかく、「これから旅が始まる」という始発駅となると、それはまさに「旅路が始まる瞬間」だからである。「列車運転開始前」の0から、「列車運転中」の1へと動き出す瞬間だからである。
 乗降扉が閉まり切ってから列車が実際に動き出すまでには、少し間がある。その間(ま)というのは、一瞬、その場の時間が止まったかのような感じがある。電車と違い、客車はスムーズな動き出しはできない。「ガツン!」という音を立ててから、ゆっくり、ゆっくりと加速していく。時計の針が19:03を指した。いつその”音”が響くか。それが響く瞬間が、発車の瞬間である。


           















札幌 を目指して、19:03、上野発札幌行き1列車、寝台専用特別急行「北斗星」が動き出した。北斗星号の全ての動力を持つ機関車は、動き出す際、唸りを上げ、モーターを大きく鳴らしながら加速していく。しかし、後に続く客車は、機関車の次位にある電源車を除き、いたって静かに加速していく。客車列車ならではの特徴的な加速の仕方である。
 青色の客車が次々とホームを離れていく。北斗星号の個室車両の部屋は全て上野駅14番線側にあるため、13番線のホームからは、個室の中の様子を窺い知ることはできない。一方、開放B寝台車は、13番線側が通路となっているため、いわゆる「ジャンプシート」に座りながらホームの様子を眺める人が多く見られる。定期運転最終日はまだそんなに近くないが、最近では、開放B寝台車に乗っている人とホームにいる人が手を振り合う光景がよく見られるようになっている。














別離 。夜行列車は、時に、人々のやむにやまれぬ別れの舞台となる。ある日の北斗星号で、私は、2つの別れを目撃した。
 今まさにちょうど発車しようという19:03。4号車の乗降扉の前で、女性が、車内のデッキに立っている男性と何かやりとりをしていることに気がついた。遠距離恋愛中のカップルであろうか。北海道へ戻る彼氏との別れの時間がやってきてしまったようだ。19:03・・・、それは、魔法が解ける時間。この瞬間、北斗星号は”シンデレラ・エクスプレス”となった。
 一方、3号車では、通路からこちらへ向かって手を振る幼い子供たちを、その祖母と祖父らしき人が見送っていた。祖母はしばらく北斗星号と一緒に歩き、子供たちへ手を振り返していた。久々の顔合わせに、彼らはしばし楽しい時間を過ごしたことであろうが、子供たちとその親は北海道へと戻らねばならない。
 北斗星号は人と人とを出会わせ、そして別れさせる舞台でもある。幸いだったのは、二組とも笑顔で別れていたことだ。














13番線 を後にする北斗星号。入線から18分の発車待ちを経て、札幌まで1214.7km、所要時間約16時間強の旅が始まった。
 EF510形を先頭に、電源車、11号車、10号車・・・と続き、一番後ろが1号車という編成。客が乗ることができない車両も含めれば計13両、という長い編成。北海道内の非電化区間では、機関車は重連のDD51形となるため、実質14両という編成になる。このような長い編成で、しかも加速の鈍い客車列車であるから、動き出してから編成が全てホームを抜けるまでには、結構な時間がかかる。
 1両、そしてまた1両と上野駅から出ていく。北斗星号が、東京・上野の都会の夜景へと飛び出していく。そして最後尾となる1号車が私の目の前を通り過ぎ、尾灯とテールマークを輝かせながら、北の大地へと向かって走り去っていった。
 こうして「1レのための18分」は終わる。「13番線のブルートレイン」も終わる。今日この後、上野駅を出る在来線長距離列車はない。




















2015年3月。北斗星号は、定期列車としての歴史に幕を閉じ、臨時列車へと格下げされます。
そして、同年8月中の運転を最後に、約27年半の歴史に完全に幕を閉じます。