Page:17

※各画像はクリックすると拡大します。



















下関から27時間42分をかけて、特別なトワイライトエクスプレスは、終点の大阪に到着した。普通列車と新快速だけで行く場合でも、下関〜大阪間は10時間程度で移動できるというところを、この列車は、丸一日以上かけて走破した。その気になれば、下関を出たその日のうちに大阪に着くこともできたが、時間をたっぷりと使い、夜行列車として走ったことに、この特別なトワイライトエクスプレスの旅の神髄がある。

 昼の大阪駅、京都側に機関車がついたトワイライトエクスプレス。車側灯が点灯し、今日の乗客の登場を静かに待つ。その姿は、まるで、これから札幌に向かって走っていく下りトワイライトエクスプレスのようである。「これから乗り込む」のではなく、「今降りてきた」ということが、誠に不思議でならない。これは札幌行きの入線が済んだ後の光景で、今でも大阪〜札幌で走っているのではないか、と信じてしまえるような気がする。

 しかし、発車標に出た「回送」の2文字は、そんな幻想を打ち砕く。このトワイライトエクスプレスは、下関からやってきた特別列車の到着後のものなのだ。大阪〜札幌間での運転が行われていないことは、未だに信じがたい。その事実を受け入れるにしても、「あの改正で」ではなく「この改正で」と思ってしまう。件のダイヤ改正からもう1年近くになるが、本当にそんなに経ったのだろうか、と。

 外観の写真はもう十分に撮ってあるが、一応大阪でも機関車の写真を撮ろう・・・と思い、ホームの京都方へ向かうと、そこには、多くの撮影者が集結し、警備員も出動していた。さすがに大阪駅。人の集まりは、下関や光、柳井といった駅とは比べ物にならないほどに多い。綺麗に撮れる位置で撮ろうとするのはもはや不可能で、大半の人は、構図と仕上がりを妥協するしかない。

 一方、特別なトワイライトエクスプレスから下車してきた乗客たちは、血眼になって写真撮影に興じることもなく、長旅を共にした乗務員たちと別れの挨拶をしたり、ツアーの添乗員と雑談をしたりと、旅の余韻に浸っていた。乗客と乗務員たちは、この約560kmの旅路を通して、すっかり仲良くなり、私も、食堂車のある従業員に名前を覚えてもらえていた。つくづく、時間は人と人との結びつきを育むものだなと実感する。

 乗務員たちの声、ベッドやソファーの温もり、列車の揺れ、食べてきた料理の味・・・。何もかもが、まだどこか近くに感じられる。全て終わったことなのに、なぜかそういう気がしない。列車から降りたなり現実の世界に辟易するかと思ったが、もう少し夢の中にいられそうだ。



































乗降扉も閉まり、回送列車として発車する準備が整った。「臨時寝台特急・特別なトワイライトエクスプレス・山陽コース上り・大阪行き9040レ」は、ただの「回9040レ」となり、旧宮原総合運転所へ向かっていくことになる。だが、あまりにも長かった旅路だけに、この長い旅が終わったという実感はまだ湧かない。旅はまだ続いていて、発車時刻が来たらもう一度乗り込むのではないか、と思ってしまう。

 深い緑色の車体が艶めく。明るすぎず、暗すぎずの絶妙な色合いは、この上ない高級感を醸し出し、編成を端から端まで貫く黄色と白色の帯が、全体の印象を引き締め、一色塗りによる間延びした雰囲気を打ち消す。一方、食堂車と電源車以外の窓がマジックミラーとなっているため、乗降扉が閉まってしまうと、もう車内の様子は窺えないという、この神秘性。ずっと乗り、ずっと見てきたのに、改めて新鮮に感じるのはなぜだろう。

 今の私は、ただの「鉄道好き」、「トワイライトエクスプレス好き」である。”特別なトワイライトエクスプレスの乗客”という身分は、もう終わった。編成がゆっくりと動き出すと、車体に反射する光や景色はその上で踊り出し、深みのある緑色の味わいをより一層引き出す。目の前を流れていく窓には、列車を見つめる自分の姿が映る。そこで見た自分は、全てを忘れ、初心に立ち返ったかのようにトワイライトエクスプレスに憧れていた。

 私の「特別なトワイライトエクスプレスでの旅」は、たしかに終わった。だが、3月で運転を終えるとはいえ、あと山陽コースが1往復、山陰コースが3往復の運転が、それぞれ残されている。今回、私は大阪を終着点としたが、次の下り便運転時、大阪は、誰かにとっての旅の始まり・・・、始発駅になる。始発と終着は表裏一体。誰かにとっての旅の終わりの地は、誰かにとっての旅の始まりの地だ。

 次回の「特別なトワイライトエクスプレス」の運転時には、いったい、どんな人が乗客として乗り込むのだろうか。その人たちは、この深い緑色の列車の中で、何を感じるのだろうか。どんな夢を見て、どんな思い出を描くのだろうか。大阪〜札幌時代を懐かしみ、懐古したくもなるが、トワイライトエクスプレス号は今、山陽コースと山陰コースという2つの道筋を得て、その時々の新たな乗客と共に、日々新たな物語を紡いでいる。

 大阪〜札幌での運転が終了した後に登場した新しい物語。そんな”もうひとつの”物語を、大阪〜札幌時代の「トワイライトエクスプレス物語」に対して、「黄昏急行物語」と名付けよう。運転区間や方法、ダイヤが大きく変わっても、旅人の心に刻まれる物語の執筆をやめたわけではない。

 特別なトワイライトエクスプレスが走るたびに、もうひとつの物語―――黄昏急行物語が書き上げられていく。今、回送列車として、大阪駅11番線を列車が発車しているが、編成が目の前を完全に通り過ぎてしまったときこそが、今回の運転分の物語が完結する瞬間である。

 最後尾の電源車が近づいてくる。その唸りが大きくなってくる。唸りがふと大きくなり、そして瞬く間に小さくなった、そのときこそ―――。





















⑤(※拡大しません)



















 

DISCOVER どこかのトップへ

66.7‰のトップへ