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フランス料理のフルコース。特別なトワイライトエクスプレスへの乗車中、4度の食事の機会(パブタイムは含まない)があるが、間違いなく、乗車1日目の夕食となるフランス料理のフルコースが、最も豪勢かつ最も気合を入れて考案されたものであろう。そんな料理を口にしていくとなると、こちらも自然と気が引き締まる。よく噛み、じっくり味わうこと。単純なことだが、この夕食の時間は、それを徹底したいと思う。
コース料理ということで、食べ物は順次配膳されてくるのだが、フランス料理でありながらも、一方で、各料理では、山陽・山陰コース沿線の素材を活用していることに気が付く。山口県産ポーク、山口県産キジハタ/イカ、島根県産キャビア/昆布、香住産松葉蟹、山口県産トラフグ、但馬牛ステーキ/牛タン、沿線野菜・・・。たしかなおいしさは、たしかな品質を持った素材から生まれるのだ。
皿上の料理の配置、装飾、仕上げ方など、いずれもmm単位をも追求したかのような整いぶりで、誠に美しい。食べることによってそれらを崩してしまうのが、少しばかり申し訳なく感じてしまう。今、ダイナープレヤデスは、列車食堂というよりも、ひとつの高級レストランと化している。それも、「走る高級レストラン」だ。時に平日月曜日の夜。運転停車をする駅で浴びる、人々の羨望とも軽侮ともつかない視線でさえ、今は心地良い。
料理もたいそう優秀なのだが、それ以上に素晴らしいと思うのは、食堂車の従業員の立ち振る舞いである。揺れる列車内、人間相手の接客業、失敗の許されない状況、下り便から折り返し乗務。ストレスも疲れも幾分あるはずなのに、決してそれらが表に出ない。彼らは笑顔と落ち着きを絶やさず、こちらからの質問や疑問にもきちんと答え、随時記念写真の撮影を申し出て、飲み物がなくなれば、直ちに次の飲み物を尋ねる。
いかに設備が豪華で料理が充実していたとしても、それだけでは空しい。”モノ”が優れているだけでは、心までは満たされない。上質な旅は、手厚く、かつ真心のこもった人的サービスが加わってこそ生まれる。あちらが笑顔ならば、こちらも笑顔になる。従業員の背筋が伸び、誇らしそうにしていれば、こちらも爽やかな気分になる。数値に表せない部分の、人間が”ココロ”でもたらす”もの”の有無は、良い旅と悪い旅を分かつことであろう。
それにしても、従業員の動きに無駄がなく、随分と手馴れているものだなと思ったら、食堂車の業務に従事している人たちは、大阪〜札幌時代から引き続いて乗務しているらしい。ここから更にトワイライトエクスプレス瑞風にも乗務するならば、現在のトワイライトエクスプレスで培った経験は、そこでまた大いに役立つことであろう。「〜の伝統と誇りを受け継ぐ」と宣言する瑞風。知識や経験も受け継がれてほしいものである。
メインディッシュとなるステーキ・牛タンの煮込みは、とにかく柔らかく、至高の食感であった。ナイフを通してみれば、そこに一切の抵抗はなく、一瞬にして滑らかに両断された。そしてこのとてつもない柔らかさを、クセのないソースがしっかりと引き立てる。そこに大好きな白ワイン(肉料理であっても)を組み合わせれば、もう思わず上の空。この瞬間、自分より幸せな思いに浸っていた人が、日本のどこにいただろうか。
一連の料理を食べ終わると、デザートが提供された。京都出身のパティシエ、小山 進氏が監修した5種類のお菓子の中から、好きなものを選んで皿に取ることになっていたのだが、「どうせなら一通り食べてみようか」と、5種類全てをひとつずつ取ってみた。お菓子ということで、それなりに甘いものばかりなのだが、甘みでちょっと具合の悪くなった口内は、最後にやってくる食後のコーヒーで口直しをしよう。
全ての料理をおいしく味わい、夢のような晩餐が終了したころ、列車は、宮島口に停車していた。外はもうすっかり暗くなっている。
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宮島口には、19:11から19:23までの12分間停車する。発車標には「団体 19:23」との表示が出ていた。下関では、「臨時 トワイライトエクスプレス」という表示であったが、他の駅では、団体や通過といった表示になっていた。発車標における表示の内容は統一されていないが、トワイライトエクスプレスという列車名を表示してくれていたのは、始発の下関だけであった。
自室に戻り、部屋の照明を消してみた。建物や車の光が、眼前を次々と流れていく。窓越しに光が明滅するたびに、ロイヤルの室内は明るくなったり、暗くなったりする。静かな個室内に一定の間隔で刻まれる走行音は、夜汽車の旅には欠かせないBGMだ。夜風に乗って、山陽本線を寝台客車で駆け抜ける。結局乗れずじまいに終わった、かつての富士・はやぶさ号やなは・あかつき号では、こんなことができたのであろうか。
広島には19:50に到着し、19:54に発車する。家路について帰宅する人々で混雑する広島駅に、最大定員40名、しかも団体専用で乗車不可という列車が滑り込む。物珍しそうにこちらを眺めてくる人もいるが、ほとんどの人は、下を向き、興味なさげにスマートフォンを弄りつづける。ホームやすれ違う列車にいる人々が日常に身を置く中、特別なトワイライトエクスプレスでは、非日常な、明らかに別格の時間が流れている。
ダイナープレヤデスがそうであったように、ロイヤルの室内もまた、夜になると、重厚で荘厳な雰囲気がより強く醸し出される。木目調の内装の色合いは、一段と深みを増し、柔らかに灯る照明は、その暖かみに磨きがかかる。ロイヤルの室内の照明は、その数が少なく、照度も低いため、実は結構薄暗いのだが、それは、明々とした「ビジネス」「家」「オフィス」といった環境から切り離された、寛ぐためだけの空間に特化したことを暗示する。
広島駅から離れていくと、徐々に都会らしさは薄れていく。光も少なくなり、闇はより深い闇になる。繰り返しこだまする走行音。静寂を切り裂くように突き進む特別なトワイライトエクスプレス。時折聞こえてくる機関車の吹鳴は、暗がりを切り開くための剣であるかのようだ。
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