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ぞれだ。ラウンジカーで過ごすのもよし、自分の部屋で過ごすのもよし。人々が思い思いに時間を過ごすこの時間は、カシオペア乗車中の最後の思い出となることだろう。
 食堂車の営業は8:30で終了する。これで食堂車は完全に店仕舞いで、もう終点の札幌まで営業することはない。さらに、8:55には最後の途中停車駅である南千歳に到着し、終点の札幌が近づいていることを、薄々と感じるようになってくる。
 たしかに札幌は近い。だが、本当にそうなのだろうか、と疑問に思いたくなる。時計を見れば、昨日の16:20に上野を発車してから、既に17時間ほどの時間が経過したことが分かるし、雪のある景色は、少なくともここが東京ではないことを教えてくれる。
 しかし、長距離の旅路ではついて回るはずの疲労感が一切ない。もちろん、それはカシオペアが至極快適な列車であったとともに、そこで過ごした時間が楽しいものであったからなのだが、おかげで感覚はどこか麻痺してしまっている。同じ上野〜札幌間でも、新幹線と2本の特急を乗り継ぐ移動であれば、道中のいずこかで疲労感を覚えただろう。カシオペアではそうはならなかった。
 距離感という点でも同じである。新青森・函館での乗り換えという、「避けては通れぬ儀式」を経れば、自分はここまでやってきたのだな、という実感が湧くことであろう(一昔前は、儀式は連絡船との乗り継ぎであった)。
 一方、1200キロを超える距離を直通運転して、儀式という儀式もなく札幌へ至るカシオペアでは、1本の列車に長く乗っているということは感じても、はるばる1200キロ以上も移動したのだ、という感覚にはならなかった。
 そのどちらかだけでも感じられれば、長距離の旅路を終えた実感は、きちんと湧くであろう。上野〜札幌間直通であっても、北斗星の開放B寝台車はここまでの快適さは提供してくれないし、疲れることには疲れる。グリーン車だけを利用して新幹線と2本の特急を乗り継いでも、所定の儀式があれば、そこに移動距離が感覚的に具現化される。そう、カシオペアでは、そのどちらもなかったのだ。
 カシオペアは「乗ること自体が目的になる列車」と言われる。目的地への移動、目的地での観光、地元への帰還の全てをひっくるめて「旅」であったのが、カシオペアという列車それだけで「旅」と呼べるようになった。だが、旅ではあっても、決して旅路ではないような気がする。疲れもしない、距離感もない、もし
かしたら、時間的な感覚すらもないかもしれない。「旅」という、全体をまとめて俯瞰した「点」ではあっても、連続した流れを持つ「旅路」という線とは言えないのではないか。
 列車は間もなく札幌に着くが、札幌に到着するという「最終結果」だけが突如齎されるような感があって、「やっと着いたぞ!」という達成感が伴うとは思えない。いくら道中に豪華な晩餐などがあっても、そこには一種の虚空がありはしまいか。
 では、カシオペアは空しい列車だということで敬遠されたか。そんなことはなかった。北海道・青函トンネル・夜行列車・旅情・豪華なディナー・個室寝台・ゆったり。豪華寝台特急カシオペアには、様々な夢と浪漫がたくさん詰まっている。そこには、非日常的な世界で過ごすことの楽しさがある。
 夢も、浪漫も、そして旅情や情緒も、そういったものはいずれも曖昧としていて、いわば概念に過ぎない。物体ではない以上、決して手に取りようのないものである。とはいえ、某CMが言った「モノより思い出」が本当であるとしたら、目に見えて形に残るモノよりも、思い出や旅情などの、目には見えず形も残らない曖昧なものに価値をつけたがるのは、決して不思議なことではない。
 今日もまた、カシオペアの車内では、いくつもの思い出が生まれた。いくつもの夢が乗った。いくつもの旅情が運ばれてきた。いずれも、少なくともモノではないことはたしかである。しかし、今やそれらを値踏みし、疑似的にモノ扱いし、お金を出して求めに行く時代となっている。モノではない「何か」を乗客にもたらそうとするカシオペアの方向性は、何ら間違ってはいないのである。
 ただそこにある、曖昧とした「何か」を求めて、人々は今日もカシオペアの寝台券の購入を試みる。そして、実際に乗り込んだ人々は、その「何か」を掴むために、カシオペアでのひとときを目一杯に楽しむ。いいじゃないか、こんな変わった列車があったって。
 平凡を売りつける新幹線や航空機に知らん顔をしながら、全くの別世界をひとり闊歩し続ける豪華寝台特急の姿は、今日も優雅であった。如法暗夜にも煌々と輝くようなきらめきを放つその列車は、人々の喜びと満足感を乗せて、高架の札幌駅4番線へ静かに滑り込んでいったのであった。

時代を駆ける豪華寝台特急の象徴
―その名は、カシオペアスイート― <終>
 
▲全ての営業を終了した後の食堂車 すっきりとよく片付いている
▲最後の途中停車駅、南千歳 次はいよいよ終点の札幌である
▲千歳を通過 721系と735系がこちらを見送ってくれたかのようだった
▲札幌到着前の寝室 窓の外を721系が通り過ぎる ここは紛れもなく北海道
▲上野幌を通過すると札幌が手の届きそうなところになる 終着が近い
▲ビルの窓ガラスに車体を映しカシオペアは快調 5色の色帯も窓ガラスに映る
▲白石駅手前 千歳線と函館本線が完全に合流する 間もなく終点の札幌である
▲モニター画面にも札幌到着を告げる表示が出た さあ、旅路の終わりだ・・・





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