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※各画像はクリックすると拡大します。

9:52の石打到着から約5分後、回送の183系が発車していったので、「さて、じゃあ俺もそろそろ・・・」と階段の方へ向かったら、停止信号が出たのか、いきなり183系が停まってしまいました。

もう183系の写真は十分撮影したのですが・・・、せっかく停まってくれて、また位置も変わったということで、発車してしまう前に最後にもう1枚撮影!

この数十秒後、183系は浦佐方へ走り去って行きました。
かつては、臨時特急新雪号が毎年冬に上野から来たりして、石打駅もスキー客などで賑わっていたのでしょうが、シーハイル上越号から降りてきた乗客の数から察するに・・・、どうやらそれも過去のことのようです。

歓 迎 ようこそ石打へ」の看板も、何とも言えない哀愁を漂わせていますね・・・。
階段を下りて改札まで行くと、窓口の中にいた駅員は、なんと乗車券の確認もせずに手を寝かせて横に向け、「そのまま行ってくれ」。

「無効」とか「使用済み」といったスタンプを押されていない、自動改札機を通したときの小さな穴が1つ空いただけの、綺麗な状態の乗車券を持ち帰ることができたのは良かったのですが、乗車券の確認をしないって、そんないい加減で良いのか・・・!?

と、そんなことがあって駅舎の外に出てきましたが、(越後中里でも思ったけど)意外と寒くない。
結構な寒さを予想して、防寒対策は万全にしてきましたが、その必要はなかったようです。

あ、もちろん雪は冷たかったですよ。素手で握ったらあまりの冷たさに手が死にかけました(笑)
駅前からはこのような良い景色が見られたので、どれ写真でも撮ろうかと前に歩いていくと・・・

ぎ ゃ あ っ ! !
なんともマヌケなことに、雪の中に片足を深く突っ込んでしまいました・・・(笑)
いや、まったくびっくりしましたよ・・・。こんなことが起こるとは思っていませんでしたから。

ところで、私は「恐らく道路が切れている」のであろう、駅前の端っこ(崖になっている)の近くまで行き、その端っこ近くの雪のところで片足を深く突っ込んでしまいました。

しかし、よく考えると、これだけ深く足が入ったということは、そこの雪は道路の上に積もったものではなく、下からず〜っとうずたかく積もった雪だったということではないでしょうか。

ということは、このまま突っ込んだ足のところから、積もった雪(雪でできた「陸」とでも言えるか)が崩れていたら、私はそのまま下へ転落していた可能性があったということだと思うのですが・・・。
今、改めて思うと、実は命の危険があったんですね、私・・・。
さて、命拾いもしたところで、駅周辺の散策&食料の購入をしましょうか。

旅程の都合上、この後は長時間にわたって食料補給ができない可能性が高いことが旅行前に分かっていたので、ここ石打で今のうちに昼食や飲み物を購入しておきます。

駅構内には売店やコンビニはなかったので、食糧補給のためのコンビニを求め、とりあえず道なりに歩いて下の方へ行きます。でも、行ってもなかったらどうしよう・・・。

歩いている途中で発見したのは、古めかしいオロナミンCの看板。私もよく飲みます。
ビンのデザインって、今も昔もほとんど変わっていないんですね。知りませんでした。
道の右手に銅像が立っていました。田中角栄氏?いや、でもそれは上越新幹線だし・・・。

というわけで、自宅に帰ってから調べてみると、この銅像は「上越線の父」と言われる、岡村貢氏のものだそうで。彼は私財を投げ打ってまで、上越線の建設に尽力した人なのだそうです。

本当は、この像の脇に、彼の功績が書かれた看板があるそうなのですが、雪に埋もれていて、像の台座もろとも見ることができませんでした。
それにしても、ここ石打の雪の降り具合を思うと、数cmの積雪で大雪だの交通機関が何だのと言いだす、首都圏の大騒ぎが馬鹿らしく思えてきますね。

でも、そう思いつつも、茨城で数cmでも雪が積もるようなことがあれば、「すげ〜」とか「大雪じゃないか!」なんて思ってしまうのは、やはり私も首都圏の人間ということなのか(笑)
ようやく、交通量のある道路が通っている下まで降りてきましたが・・・、なんですかこれは。
歩道の両脇に雪が壁のようにそそり立って、歩道と車道を完全に分離しています。

今までに様々な鉄道旅行をしてきましたが、今回石打の地でこれを見て、初めて「俺はとんでもないところに来てしまったのかもしれない」と思いましたよ。いや、本当に。

しばらく、この歩道で驚きのあまり立ち尽くしていると、向こうにセブンイレブンの看板があることに気がつきました。あぁ良かった、これで食料の調達ができますね。
「ひょっとしたコンビニとかは近くにはないかも」とも思いましたが、幸い、駅前の道路をずっと歩いて下に降りたところの近くに、セブンイレブンがありました。

先ほども書きましたが、この後は長時間にわたって食料補給ができない可能性が高いので、今のうちに石打で昼食などを購入しておきます。

普段は、こういうコンビニで何か買うときというのは、その時に必要なものしか買わない(お腹が空いたからおにぎりだけ買うとか)のですが、今回は弁当、おにぎり×2、コーヒー、お茶と、今後しばらく食料調達ができない可能性があることを見越して、多めに買っておきました。
コンビニで食料調達を済ませたら、駅に戻ります。
駅に着いてから「あと5分遅くても大丈夫だったな」と思ったのですが、どういうわけか、私は駅近くを歩くときは、いつも早めに駅に戻ってしまいます。

まぁ、次の列車にぎりぎり間に合った、となるよりは、余裕がある方が良いですけどね、もちろん。

帰り道で見つけた、雪に埋もれた車。保護色ですか(笑)
もう少し雪が降ったら、車体が全て雪に埋もれてしまうんじゃないでしょうかね?
もう石打駅が見える、というところまで来たとき、除雪車と遭遇しました。

道路は普通に車が走れるくらいに除雪されていましたから、思わず「なんで除雪車が出動しているんだ?」と思いましたが、まだ除雪が不十分なところでもあったのでしょうかね?

まぁ、後日また雪が降るのでしょうから、晴れの日にきちんと除雪をしておくことは大切ですね。
石打駅に戻ってきました。駅舎内と外は扉で仕切られていて、駅舎内に入るには扉を開ける必要があるのですが、これだけでもかなりの防寒効果がありそうですね。

私の旅は、あくまでも「列車に乗ること」が中心ですが、駅(とその周辺)で過ごす時間も、「見知らぬ土地にやってきた」時間として、大切にしています。

今回、石打駅では、駅舎と外を扉で仕切るという、寒冷地の駅ならではの特徴を見つけました。
このように、降りた駅それぞれで何か新しい発見をしたりすると、「次に降りる駅ではどんな発見があるだろうか」と、ますます駅で過ごす時間が楽しみになり、またそれを大切にしたくなります。
券売機の脇に、飯山線運休のお知らせの紙が貼り出されていました。
除雪作業で飯山線は一部区間で終日運休、ねぇ。

当初、この旅はこの後越後川口へ行き、そこから飯山線に乗車し長野へ。そして長野から新幹線で戻るという計画だったのですが、2月2日に、7日まで飯山線は越後川口〜森宮野原で終日運休となることが判明。結局、飯山線の乗車はあきらめ、旅程も大幅に変更となりました。

除雪作業のために6日間も一部区間で終日運休とは、さすが日本一の豪雪路線。だからこそ、冬に乗車したかったのですが、やはり冬にまともに飯山線に乗るのは難しそうですね。
石打駅の駅スタンプを押して、ホームにやってきました。
次に乗車するのは10:36発の長岡行き。これで隣の大沢駅まで移動します。

今回、せっかく冬の上越線に昼間に行くのだからと、雪の中を走る上越線の列車を撮影することにしていました。隣の大沢駅まで1区間だけ乗るのは、大沢で写真撮影をするためです。

期待通りの大量の雪がありながらも、青空が見える良い晴れ。しかも寒くない。
本当は撮影にはもってこいなのでしょうが、「雪が降りしきる中」を走る列車の撮影をしたいと思っていたので、ちょっと残念ですな(笑)

次の目的地は大沢駅。隣の駅です。
せっかく冬の上越線に来たということで、ちょっとそこで写真撮影でもしようかな、と。
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