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※各画像はクリックすると拡大します。

















 上りの特別快速きたみ号が入線します[①]。非大都市圏の列車でありながら、特別快速という種別を与えられていますが、列車は1両での運転で、他の列車と変わりありません。キハ54形に”特別快速(特快)”の種別幕はないのか、正面右上にある幕は、”快速”の表示です。

 宗谷本線で乗車したキハ54形は、クロスシート部が0系新幹線の廃車発生品となっていましたが、この車両では、キハ183系の廃車発生品となる簡易リクライニングシートが使われていました[②]。きたみ号は、旭川〜北見間という長い距離を走る列車なので、これであれば、それなりに快適に移動できそうです。なお、背もたれのリクライニング機能は生きています。

 石狩川を通過します[③]。全長268kmの石狩川は、日本第3位の長さを誇る川で、その長さもあり、函館本線でも、宗谷本線でも、そして石北本線でも、もっと言えば札沼線でも、それぞれ石狩川を渡る機会があります。

 中愛別で運転停車します[④]。きたみ号の停車駅ではありませんが、列車交換のために停まります。上川〜旭川間では、当麻のみが客扱いを行う停車駅であり、そのほかは全て通過となっていますが、中愛別でのみ、運転停車があるようです。せっかく当麻以外の駅は通過としているのですから、これがなければ、もっと所要時間が短くなるのに・・・と思ってしまいます。

 当麻駅付近にある太陽光発電所[⑥]。北海道では、冬の間に雪が降るということと、緯度が高いために太陽の南中高度が低くなる、という事情があるため、本州や九州にある太陽光発電所とは、パネルの設置角度が異なります(きつい)。また、設備が雪に埋もれることを防ぐため、架台を高めに設定することも多いです。

 当麻に停まります[⑦]。比較的利用客が多く、このように特別快速きたみ号が停まるほか、当麻が始終着となる列車も運転されています。また、以前は、夜行特急オホーツク9号・10号も停まっていました。

 旭川の市街地に入りました[⑧]。都市としては異例ともいえる寒さが襲う旭川市ですが、人口規模でいうと、札幌市・仙台市・いわき市に次ぐ、北日本第4位の街です。長年、第3位の地位でしたが、近年は人口減少が加速しているらしく、いつの間にかいわき市の方が人口が多くなりました。とはいえ、最低気温-41度の記録を持つほどの街でありながら、30万人以上の人が住んでいるのは立派です。

 旭川四条を通過します[⑨]。旭川四条の手前から続く高架区間を走り続けて[⑩]、列車は終点の旭川に到着します[⑪]。今まで気が付いていませんでしたが、この車両は、宗谷北線で運用される車両でした[⑫]

 ワンマン列車は、旅客JR6社それぞれに導入されていますが、前乗り・前降りの方式を採っているのは、JR北海道だけではないでしょうか[⑬]。他の5社は、いずれも後乗り・前降りであると記憶しています。前乗り・前降りは、乗るも降りるも1つの扉になるので、ある程度以上の乗降客がいる場合は詰まりやすくなりますから、特に利用客が少ない路線が多いJR北海道向きではあると思います。



















 下りのきたみ号は、15:37に旭川を発車します(当時。2020年5月現在では14:40)[①]。この旅をしていた当時は、北海道で唯一の”特別快速”でしたが、2020年3月のダイヤ改正で、快速エアポート号に特別快速として走るものが新設されたため、唯一ではなくなっています。

 この後は、バスで旭川空港に行き、そこから飛行機に乗って帰ります[②]。鉄道では、富良野線の千代ヶ岡駅が、空港の最寄り駅となりますが、直線距離でも3kmほどはあるので、空港連絡駅としては機能できません。

 発車標を見て「旭川駅を出る普通列車が、こんなにも高頻度な路線はあっただろうか?」と思っていたら、宗谷本線・石北本線・富良野線の各普通列車を表示していました[③]。3路線分の普通列車を全て表示するとなれば、まあそれなりの本数にはなりますよね。なお、旭川〜新旭川間は、宗谷本線と石北本線の両方の普通列車が走っているので、利用可能な本数が多くなります。

 旭川駅構内[④]。写真中央に見える2つの発車標のうち、左側が先ほど触れたもので、右側が函館本線の発車標です。後者は、4本中の3本が特急列車の表示となっていてます。遠くから見ても、赤色で表示される特急列車の存在が目立ちます。旭川を出る函館本線の普通列車は、なぜか非常に少なく、当時のダイヤで、1日に10本しかありません(一方特急は27本)。

 旭川駅の駅前の様子[⑤]。さすがに30万都市というだけのことはあります。現在の高架駅舎は、2011年に全面開業を果たしたもので、全面ガラス張りの構造です[⑥]。規則正しく並べられたガラス面に、こちらの風景が映り込んでいますね。

 交通量が多いということもあってか、駅周辺の路面に積もった雪は、まあ汚いことこの上なし[⑦]。白い雪と比べると、その色の違いは明らかです。昨晩訪れた氷瀑まつりでは、ライトアップによって、雪がカラフルに照らされていましたが、「何色にもなることができる」白い雪は、汚いものが混じれば、それに応じてあっさりと汚くなってしまうものでもあります。

 バス停の標示・・・、と思いきや、何かが違います[⑧]。バス停に置かれている標示と同じ設備(丸看板に時刻表挿し)でありながら、そこにあったのは、「自動券売機設置店」と「バス乗車券販売中」の文字でした。駅前のローソンの中に、空港行きバスの券売機があるのですが、それを知らせるのをバス停の標示に託しているようです[⑨]

 空港行きのバスに乗り、旭川空港を目指します[⑩]。旭川駅と旭川空港は、直線距離では13km弱ほどの距離ですが、終始一般道路を走り、また遠回りの経路でもとっているのか、所要時間としては40分弱ほどがかかります(時刻表上)[⑪]。逆に、空港から市街地を目指す便は、同じ停留所を経由しながらも、35分で走るということになっています。

 旭川空港は、よくある地方空港のひとつという感じですが、「雪に非常に強い」という特徴があり、2016年度の年間就航率は、99.1%を誇ったとのことです[⑫]。特に冬期は、新千歳空港は欠航が多発するので、行き先にもよりますが、場合によって、旭川空港を選択する方が、より確実ということもありましょう。是非ご検討を。

 2月7日から始まったこの旅も、21日目となる今日をもって、いよいよ終了となります。今日に至るまでに、様々な出来事や風景を見てきましたが、その最後を飾る日は、終始天候に恵まれました[⑬]。この青空に見送られて、私は旭川を発ちます。



















 16:15発の東京行きの便に乗り、帰路につきます[①]。日本航空と全日本空輸、どちらを愛用するのかというのは、永遠のテーマともいうべき問題ですが、私は日本航空派です。というのも、日本航空には、+1000円で使用できるクラスJという上級座席があり、私はそれが大好きだからです。ただし、就航路線網という意味では、日本航空はやや弱いです。

 飛行機に乗り込み、離陸を待ちます[③]。旭川空港の除雪隊は、「ワックスウイングス」という愛称で親しまれていますが、駐機場の現在の積雪状況を見る限り、ワックスウイングスは、やはり大活躍しているようです(今日は、恐らく旭川でも雪は降っていなかったのでしょうけれども)。滑走路に入り、離陸の許可が出たら、いよいよ空へ飛び立ちます[④]

 旭川空港を発ち、東京へ向けて離陸しました[⑤]。”旭川空港”とは言ったものの、空港そのものは、旭川市と東神楽町に跨るように立地しているため、場所としては、もろに「郊外」です。周辺は農村地帯であり、降り積もった雪が魅せる美しい雪原が、飛行機に搭乗している者たちの目を楽しませます。決して真っ平らではなく、畦があるところには線が浮き上がっていて、それがまた良いのです。

 飛行機の中から見る旭川市街[⑥]。ちなみに、拡大写真の赤丸で囲ったところが、旭川駅です。このようにして見てみると、旭川市街の広がりの大きさがよく分かります。まあ、30万人以上の人口がいる都市ですから、当たり前といえば当たり前なのですが。北海道の製紙というと、苫小牧の王子製紙が非常に有名ですが、旭川には、日本製紙の工場があります。今日も煙を上げていますが、分かりますでしょうか?

 一方、こちらは富良野市街[⑧]。このことからも分かるように、旭川空港を発つ飛行機は、まず北(旭川方面)へ行き、そこから旋回して南(富良野・本州)方面に向かっていきます。空港を発った時点で、既に陽は傾き始めていましたが、上空を飛んでいるうちに日没の時刻を迎え、空では、地上で見るときとはまた違った日没の風景を見ることができました[⑨]

 私はクラスJ中毒者ですが、今回も例によってクラスJです。当たり前ですよ当たり前、何せ+1000円で、普通席よりも格段に上の快適さを手に入れられるのですから[⑩]。しかし、当時は良かったものの、この後、制度が”改悪”され、クラスJは、極度に割引率が高い早割系では使えなくなりました(クラスJは、28日前からの先得A以下の価格帯でしか予約できなくなった)。

 窓越しに見える景色もかなり暗くなってきましたが、ここはどこでしょうか[⑪]。ある程度の都市になっていて、また雪も全くないので、現在時刻とも合わせて、関東圏であることは間違いありません。そしてJL556便は、離陸から約1時間30分で、羽田空港の滑走路に着陸しました[⑫]。「東京国際空港」の文字によって、東京に帰ってきたことを嫌でも実感させられます[⑬]

 さて、こうして、2月7日に端を発した”47都道府県全制覇の旅+おまけ”は、ついに真の終焉を迎えました[⑭]。”おまけ”部分まで合わせると、諸々合計して、459,236円がかかりました。とはいえ、「たとえいくらになっても問題はない」というくらいの予算を準備していたので、ここで私の財政が崩壊するようなことにはなりませんでしたが。

 これまでの人生における旅を順位付けすると、これまでは、2014年夏の北海道旅行が、私の中では第1位でしたが、今回、この旅をしたことで、その第1位は更新されました。ま、これほどの”壮絶な”旅をすれば、ねえ〜。




今回使用した出札補充券の”完成系”。途中下車印がとてつもない数になり、結局、数個は、経路を示した別紙に押されました。
ちなみに、今回の旅で(おまけ含む)、途中下車をした(列車から降り、駅舎の外に出た)駅は、合計115駅でした。


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