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◆青函連絡船の終焉が近かったとき★




私は1995年生まれなので、当時は既に青函トンネルが開通し、青函連絡船も消えていましたが、
1988年3月の青函トンネル開通の直前には、とりわけ消えゆく連絡船に焦点を当て、様々な宣伝広告が打たれていたようです。

これは、函館で青函連絡船記念館として営業している「摩周丸」において撮影した、当時のポスターです。
1987年春の「海峡浪漫周遊きっぷ新発売。」を皮切りに、「最後の夏の、汽笛が響きます。(夏)」、
「秋が、波間に消えていきます。(秋)」、「花道に雪が降る。(冬)」、「ありがとう、津軽海峡。(終)」の5種類があったようです。

そう、11ページの最後で「『秋が、波間に消えていきます。』・・・なんて。」と書いたのは、これが由来です。


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