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 扉を引いて客室に入ると、思わず「おぉ・・・」という声が漏れ出ました[①]。現役時代の状態がどの程度保たれているのかは、この先おいおい調査していくとして、最初に私が何に感動したのかといえば、その”匂い”でした。どんな匂い、と聞かれても困るのですが、客室内に立ち入った瞬間に感じた匂いは、まさに現役時代にこれに乗車したときのそれとほぼ同等でした。

 開放式B寝台車が、寝台を枕木方向に設置して、寝台と通路はそれぞれ一方に寄せているのに対して、開放式A寝台車は、寝台を車両の両側にレール方向に配置し、真ん中に通路を通した、プルマン式と呼ばれる構成をとっています[②]。この開放式A寝台車ならではの構造、そしてレッドカーペットを思わせるような赤い絨毯・・・[③]。ああ、まさかこれにまた出会えるなんて・・・。

 列車ホテルとして営業する以上、防犯カメラや誘導灯、火災報知機の追設は致し方ないですが、客室内の両端に汎用の空調機が2台ドカンと吊り下げられているのは、やや”リアル感”を失わせる要素と言えます[④]。電源車を持つブルートレインあけぼのとは異なり、こちらは鉄道仕様の電源を取り入れるための設備を持っていないようですから、まあやむを得ないというところでしょうか。

 最末期は日本海号用の2・4・5の3両だけが在籍したオロネ24(開放式A寝台車)ですが、岩泉に運ばれたのは、そのうちのオロネ24-5でした[⑤]。そして、この5号車は、まさに私が2011年12月に日本海号のA寝台に乗車したときの車両そのものです。残る2号車は千葉県で、4号車は京都鉄道博物館でそれぞれ保存されていて、なんと最後の3両はいずれも生き残ることができました。

 1両単位での貸し切り制をとるブルートレイン日本海ならば、個室単位での利用制をとるブルートレインあけぼのとは違って、他人に気兼ねすることなく過ごすことができます[⑥]。いくら音を出そうとも、通路に居座ろうとも、誰もそれを咎めはしませんし、こちらが配慮すべき対象もいません。1両すべてが自分のものというこの上ない贅沢には、28560円の価値だってあります[⑦]

 現役時代は、A寝台では、ひとつのサービスとして予め寝台が整えられていましたが、ブルートレイン日本海では、寝台のセットは全てセルフサービスです。ここで寝台を1つ整えても、座席状態のままの区画はたくさん残り、”座席状態のものの観察”ができなくなることはありませんから、いつでも眠れるように、今のうちにさっさと1つ寝台を作っておきましょう[⑧]

 B寝台では、寝台は固定されていて、解体して座席にすることはできませんが(元の状態が既に半ば座席のようなものですからね)、A寝台の下段は、座席と寝台を自由に転換できるようになっています。朝や夕方は座席状態にして座って、夜になったら寝台にして横になる、という使い分けが可能です。というわけで、これから座席→寝台への転換を行います。

 といっても、その転換作業は、別に難しいものではありません。まず、背もたれから飛び出ている紐を引き、座面をずらすと、背もたれと座面が水平になります[⑨]。これを反対側でも行えば、あっという間にベッドの出来上がり[⑩]。背もたれの余った部分を引き上げると、一方からは寝台灯(実際に点きます)と鏡が現れ、そしてもう一方からはフックが現れ、これで無事に転換完了です[⑪]

 「A寝台なのだから、B寝台に劣る要素はないはず」と思ってしまいがちですが、開放式A寝台には、ある致命的な問題があります。それは「荷物の置き場がない」こと。開放式B寝台は、通路の上が掘り込まれ、そこに荷物を入れておけますが、開放式A寝台には、そのようなものがありません。では、利用客は、いったい荷物をどうしておくべきなのか?

 下段に限れば、そのひとつの答えはあります。それは、「背もたれの余った部分を引き上げたところに置くこと」です[⑬]。”余った部分”のうち、フックがある側は、水平に固定できるようになっていて、少々の荷物ならばその上に置いておけます。ただ、この簡易な荷物置きは、上段には設けられていないので、上段を利用する場合は、もう「荷物と一緒に寝る」しかありません。

 そして、ベッドに仕立てたところに寝具を整えれば、これで開放式A寝台の下段寝台が完成します[⑭]
















 現役時代に日本海号のA寝台に乗ったときは、下段寝台を利用しました。しかし、既に翌年春のダイヤ改正での臨時列車化が発表された後の12月24日(土)発の列車となれば、A寝台は当然1か月前の10時で即満席であり、結果的に、当時は上段寝台の様子を調べることはできていませんでした。あれから約6年、私は初めて上段の寝台を見ることができます。

 「上段のA寝台」と言っても、梯子を使って上らなければならないことは、B寝台と変わりありません[①]。B寝台とは寝台の配置方向が逆ですが(プルマン式ですからね)、梯子の設置方向(レール)は同じです。この後実体験して分かりましたが、梯子の一段一段は非常に細長く、足の裏に圧力が集中してかかるため、梯子を上り下りすると、足の裏がめちゃくちゃ痛くなります。

 こちらが(私にとっては)本邦初公開、A寝台の上段区画です[②]。が、この車両が落成した当初のような昔ならいざ知らず、後の平成の世でこれをA寝台として扱うのは、まあ、ハッキリ言って厳しいものがありましたね・・・。

 B寝台が2段化されたり、個室寝台が次々と登場したりした中では、「開放式A寝台」の優位性は無きに等しいものでした。正直なところ、下段でさえかなり厳しいものがありますが、一応、幅広なベッドや全体的にスクエアな空間、大きな窓を独り占め、といった特徴がありました。しかし、上段は側面〜天井にかけての湾曲が圧迫的に迫り、窓という窓もありません[③]

 数値で比較すると、幅/長さ/高さ/寝台料金(税5%)は、A寝台の上段が88/185/92/9540円、下段が93/193/113/10500円 です。いずれも下段より劣っていますが、数値には現れないところの壁の湾曲や窓の有無、梯子を使う不便さといった要素まで考慮すれば、上段の魅力はほとんどありません[④]。それでいて(ただでさえ高い)下段より960円安いだけとは・・・。
 (参考:B寝台の上段は70/195/95、下段は70/195/111。どちらも6300円、荷物置き場アリ。A寝台の立場って)

 全体図はこのような感じ[⑤]。屋根裏部屋的な雰囲気があって、好きな人にとってはたまらない空間でしょうが、一般的には、B寝台よりも割高な料金を払わせるほどの価値があったとは思えません。そのようなこともあって、現役時代に乗ったときは、”鉄道好きとして”A寝台を選んだものの、上段に乗ってはなるものかと、迷うことなく下段を選んでいました。

 上段の区画からは、通路を高い視点より見下ろすことができます[⑥]。いや、別に何かがあるわけでもありませんが(笑) もしこの上段に魅力を見出すとすれば、高い位置にあることによって、通路を歩く人の気配や足音が気になりにくいという要素はあったように思います[⑦]。ただ、編成の一番端に連結されるA寝台車は、もともと人通りの多い車両ではありませんでしたが。

 上段にあって下段にないもの。それは、仕切りカーテンの通風孔です[⑧]。通路側に用意されているカーテンは、下段はごく普通のものですが、上段のものには、「この部分は通風のためあけられます」と書かれた穴開き部分があります。ここはマジックテープによって塞がれていますが、ベリッと剥がしてみると、たしかに穴が開いて空気の入れ替えができ、外も見えます[⑨]

 カーテンを閉じてみるとこのような感じ[⑩]。今は寝台灯を点け、また車内全体の照明も点いているため、あまり暗くなっていませんが、両方とも消してしまえば、眠るには十分の暗さを得ることができるはずです。今回は結局下段で就寝したのですが、現役時代に乗ったときも下段だったわけですから、いま思うと、ちょっと上段を使ってみるべきだったかも。

 これは上段下段共通ですが、電源を取るためのコンセントが各区画に用意されています[⑪]。現役時代には、当然このようなものはなかったので、岩泉で列車ホテルとして営業することが決まってから追設されたもののようです。”現役時代との差異”だと言えばその通りですが、これはあればあったで便利ですから、コンセントの設置は歓迎しましょう。



















 以上、A寝台について見てきましたが、客室の先には、洗面所や便所などがあります[①]。妻面扉の「通り抜けできません」との掲示は、てっきり、ここからの車両への出入りを禁止するために貼ったのだと思っていましたが、現役時代に撮った写真にも写っていました。そういえば、現役時代は、この先には電源車が連結されていました。そのときの掲示が残されているとは!

 ブルートレインあけぼのでは、車両にある空調装置がそのまま稼働していたので、車両内はみっちり暖房がきいていましたが、こちらの場合は、先ほど見たように、客室内に汎用空調機が2台あるのみなので、実は、デッキや”関所”、そして洗面所はめちゃくちゃ寒いです[②]。そう、それらのところには、暖房が全くないからです。まあ、仕切り扉を開けっ放しにするという技はありますが・・・。

 ここには、洗面台が2か所設けられています。朝の身支度を整えるのにはふさわしい三面鏡ですが、2つあるうちの一方には、「水道は使用できません」との案内があります[③]。まあ、それはそうですね。しかし、もう一方の洗面台に目をやると、「水道は使えない」とは書いてありません[④]。それどころか、石鹸やペーパータオルが用意されています。これはまさか・・・?

 なんと、そのまさかです[⑤]。ありがたいと同時に驚くべきことに、ブルートレイン日本海では、車両にある本物の洗面台を実際に使用することができるようになっています。これはブルートレインあけぼのではできませんでした。車両の水回りがやられないよう、別途新たな配管を設けることでこれを実現したのだと思いますが、これは「静態保存」だからこそ成しえたことでした。

 2012年3月のダイヤ改正で臨時列車となった日本海号は、それ以降、全車開放式B寝台車で編成を組成し、オロネ24は使われなくなりました。しかし、消毒記録を見てみると、営業運転には使わなくなったにも関わらず、定期的に消毒を実施していることが分かります[⑥]。これは法令上の要請なのか、それともいつかどこかで使う可能性があったということなのか?

 洗面台の向かいには、便所が2か所設けられています[⑦]。左側が和式、右側が洋式の個室です。管理者から案内を聞いたときの話によると、「和式の方は現在調子が悪い」とのことでした。「使用禁止」の張り紙はそのためですね。とはいえ、扉自体は鎖錠されていないので、中を覗くことはできました[⑧]。いかにも「国鉄型車両の便所」という雰囲気。

 一方、洋式はきちんと使えるようになっていました[⑨]。列車の便所に履き替え用のスリッパと消臭剤があるという光景は、いささか不思議な感じがしますが、逆に言えば、それはこれが「使える便所」である証拠でもあります。洋式便器といっても、現代的な雰囲気は全く皆無であり、「腰掛便器の使い方」なる解説が、より一層時代を感じさせます[⑩]

 皆さんも既に察していらっしゃることだとは思いますが、洗面台がそうであったように、この便所も、実際にそのまま使うことができます。便器の右側にあるペダルを踏むと、装置が唸り始め、そしてやや遅れて、あの鉄道車両の便所特有の青い洗浄液が流れ出てきました[⑪]。う〜ん、素晴らしいと言うほかありません(滞在中に何度か催しましたが、毎回車両の便所を使いました)。

 これこそがブルートレイン日本海の大きな特徴なのですが、単に宿泊できるだけでなく、車両にあるいくつかの設備(洗面台・便所)をそのまま使うことができるわけです。ブルートレインあけぼのでは、いずれも車両保護の観点から使用禁止になっていたため、この点はこちらの方が大きく勝っています。これは、汎用空調機の存在というマイナス点を挽回するにふさわしいポイントです。

 たしかに、車両の状態を維持することは大切ですし、そこに宿泊できるだけでも十分に「懐かしい」ものがありますが、寝台列車に乗れば、当然顔を洗ったり歯を磨いたり、用を足したりもするわけです。それを車両外に設けられた施設で別途行うのではなく、いま乗っている車両で行えるのは、「列車に乗車している気分」を生み出す大きな材料となってくれます。

 が、残念ながら、冷水器は使用することができません[⑫]。冷水器は1台しかないので、「片方はダメでも、もう一方が・・・」とはいきません。あの折り畳み式の紙コップを使って冷水を飲むことができれば、更に高評価というところですが、飲用水として口にするものという前提である以上、洗面台や便所とは異なり、衛生面での問題が色々とあるのかもしれませんね。

 ブルートレイン日本海にチェックインすると、記念のクリアファイル1部と、照明操作についての案内、施設(ふれあいらんど岩泉)についての案内がそれぞれ手渡されます[⑬] [⑭]。クリアファイルは良い記念品になりますね。


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