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 それでは奥出雲おろち号に乗り込みましょう。今回はこれを八川〜木次間で乗車しますが、この時点で奥出雲おろち号の将来的な廃止が散々噂されていたので、世の中が小うるさくなる前に乗っておこうという狙いでした。事実、2021年6月3日、JR西日本より、奥出雲おろち号が2023年度をもって引退することが発表されました。

 気の早い人は既にゴールデンウィークに突入しているものの、世間的にはまだそうでもないという頃合いだったから、乗車率はそれほど高くありませんでした。また、いかにも奥出雲おろち号の引退を聞きつけてやってきた、という雰囲気の人もいませんでした。どちらかというと、休日の暇潰しにやってきているような人が多かったように思います。ある種、これが日常の姿でしょうか。

 トロッコ車両の方には側面窓がなく、開放感は抜群です。また座席は本当に”ただの木”で、クッションの類もありません。車輪越しにやってくる振動が、身に直接降りかかってきます。その作りはいわば手作り家具のような風合いで、切り出した木をそのまま組み合わせてニスを塗っただけというようにすら見えます。

 車内を吹き抜ける風、骨身に響く揺れ。トンネル内の一段と涼しい空気に、ゆったりとした歩みを知らせる音。いつからか、観光列車というと、やたらめったら「車内で地元の食材を使った料理を出して〜」といった”食事”を楽しむものばかりになってきているような記憶がありますが、鉄道は所詮は鉄道に過ぎないのですから、シンプルに鉄の塊が鉄の路を行くことを味わえる程度でも良いはずなのですが。

 そういう意味では、これという気の利いたおもてなしがあるわけでもなければ、誰をも唸らせる絶品が出てくるわけでもないし、足し算に足し算を極めた華美な内装もないけれども、しかし530円(指定席券)で気軽に手にできる面白さがある奥出雲おろち号は、私の感性とは物凄く相性が良いです。少し古い時代の、まだ「行き過ぎた観光列車」が少なかった時代の証人かのようです。




                         














 さて列車は出雲三成で20分ほどの小休止。途中の八川から乗車したことで、まだ外側の記録も十分にやれていない私にとっては、格好の写真撮影タイムであると言えます。奥出雲おろち号は12系2両編成+DE15形なので、2.5両+α分くらいの長さしかありませんが、機関車はホームからはみ出してしまうということで、これを撮るためには、隣のホームに向かわなければなりません。

 ディーゼル機関車による旅客列車という点でも、12系客車が使われているという点でも、もうとにかくあらゆる点で価値のある要素をたくさん持っている奥出雲おろち号は、何を撮っても良い記録になります。考えようによっては、方向幕(列車名しかありませんが)が使われているというところも、今となっては箔がつくかもしれません。あ、2段窓でガッツリと窓が開くというところも。

 奥出雲おろち号はトロッコ列車を名乗っていますが、とはいえ窓なしのトロッコ車両のみでは、悪天候のときにあまりにも不都合があるので、普通の12系客車が”控車”として連結されています。こちらはトロッコ車両として大改造を受けた車両とは異なり、普通の座席車なので、乗ったら乗ったで「往年の客車列車」の味わいを得られます(正直晴れていても積極的に乗りたい)。

 列車を牽引するDE15-2558は、本来はラッセル車の運行のために製造されたディーゼル機関車でしたが、奥出雲おろち号用の塗装が与えられ(この色で除雪作業にも従事)、また木次線のラッセル車が除雪用モーターカーに置き換えられてからは、完全に奥出雲おろち号専任になっていました。なお、このときは同列車の牽引の任に当たっていましたが、2021年内に廃車回送されたとのこと。

 奥出雲おろち号のひとつの特徴は、機回しが行われないという点にあり、そのためトロッコ車両の一角に運転室が設けられ、そちらからDE15形を制御して推進運転を行うことが可能になっています。その横は空きスペースとなっており、客車が先頭に立つときは前面展望ができ、機関車が先頭に立つときは後面展望ができる場所になります。




                           















 20分の停車時間を経て出雲三成を出た奥出雲おろち号で、終点の木次を目指します。4月末は田植えに向けた準備が進められている時期でもあり、田圃には水が張られ、そこには空にある白い雲が映り込んでいます。いわゆる「日本の原風景」と呼ばれるものは、正確な定義を持っていないように思いますが、空と、家と、山と、農作と集えば、なんとなく”言わんとすること”は分かるような気がしてきます。

 トロッコ車両にはそれなりに満足したので、最後の方は控車で過ごしました。座席はボックスシートではなく簡易リクライニングシートとなっており、”急行型客車としての本来の12系の姿”ではありませんが、それはJR東日本でまだ乗れます。でも、ふと考えてみると、未だに簡易リクライニングシートが残っている列車って、奥出雲おろち号以外にはパッと思いつきません。

 ・・・となると、この奥出雲おろち号の控車、また一段と高い価値を持った車両であるような気がしてきました。最も背もたれを倒した状態以外では固定ができないあの座席が、未だにここに生き残っているのです。

 八川からは1時間30分ちょっとで終点の木次に着きます。日本でも屈指のローカル線になりつつある木次線の普通列車に乗り、小さな駅で降りて、おいしいそばを食べ、子供のころを懐かしむ景色を目にし、今となっては貴重な客車列車で、新緑の爽やかな風と心地良い揺れ・音を堪能しながら戻る。ハッキリ言って特別にお金をかけてはいませんが、それでも手にできる楽しい時間。ちょっと幸せな休日です。


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