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 8分の待ち時間で姫新線・播磨新宮行きの普通列車に乗り換えます[①]。姫路を発着する姫新線の列車は、全て新しいキハ127系となっており、どの列車に乗ることになっても、新しくて綺麗な車両を利用することができます。座席は223系譲りの転換式クロスシート[②]とロングシートが組み合わさったセミクロスシートで、転換式クロスシート部は、2+1の配列になっています。

 姫路を出ると、しばらくの間山陽本線と並行し、そして山陽本線と離れて地上線に移った後、山陽新幹線の高架下をくぐります[③]。最初の停車駅は播磨高岡ですが、列車交換のため、ここでいきなり小休止。反対側の線路を見てみると、枕木がPC枕木となっており、姫新線の高速化事業の形跡を見ることができました[④]。この高速化事業により、姫路〜上月間の最高速度は、85km/hから100km/hになりました。

 最高速度を引き上げるならば、それに対応した車両も必要になってきます。それまでのキハ40系の最高速度は95km/hであり、これを取り換えないことには、姫新線高速化事業の真髄は発揮されません。その結果、今交換相手の列車としてやってきたキハ127系が、100km/h運転に対応した車両として導入されました[⑤]。現在、姫路〜上月(佐用)間の車両は、キハ127系で統一されています。

 播磨高岡の次は余部です[⑥]。「よべ」であって、間違っても「あまるべ」ではありません。もっとも、私もしばしば読み間違えてしまいますが。この駅は、姫新線や播但線で運用される気動車が所属する姫路鉄道部の車両基地の最寄り駅であり、余部を発車してしばらくすると、進行方向右手に、留置線や検修庫を備えた車両基地が現れます[⑦]

 14:46に到着するのは本竜野[⑧]。本流となる竜野駅は、姫新線にはありませんが、実は山陽本線にあり、本流の駅と派生の駅がそれぞれ違う路線にあるという、ちょっと面白いことが起こっています。

 東觜崎発車後、揖保川を渡ります[⑨]。列車は14:57、定刻で終点の播磨新宮に到着しました[⑩]。途中駅で降りてしまう人が多く、播磨新宮で下車した人は、案外少ないものでした。
















 播磨新宮駅にやってきました。ホームに降り立った瞬間、私の目に、ローカル線の一般駅らしからぬ綺麗な橋上駅舎が飛び込んできて、「まさかこんな綺麗な橋上駅舎を持っていようとは」と、少し驚いてしまいました[②]

 播磨新宮行きの普通列車から下車した人たちが去っていくと、駅とその周辺は、閑散としたものになりました。駅前の停まっている軽自動車は、エンジンが止まっていて物音を出さず、人影も特になし[③]。まさに平日午後の穏やかな昼下がり、というところでしょうか。とはいえ、1日平均の乗車人員は1100人はありますから、朝晩は、きっと通勤・通学客で賑わっているのでしょう。

 この駅を境に、姫新線の輸送形態は大きく変わります。姫路方面は、毎時1〜3本が運転されていますが、佐用・津山方面は、最大でも毎時2本で、9時台・12時台・14時台・17時台など、1時間のうちに列車が全く設定されていないという時間帯もあります[⑤]。「姫路市への快適な通勤・通学」を、列車の本数という観点から考えれば、それができるのは、やはり播磨新宮までということになりましょうか。

 2010年に完成したばかりの橋上駅舎は、やはり中も綺麗です[⑥]。駅舎内の通路には、「ふれあいこみち」と名付けられたギャラリーがあり、地元の方が作った水彩画や、小学校の児童が作った作品などが、月ごとに代わる代わる展示されているようです[⑦]














 次なる列車は、佐用行きの普通列車です。今度もキハ127系ですが、キハ127系のうち、両運転台・単行型のキハ122形と呼ばれる仕様の車両が充てられていました[①]。先ほどは2両編成でしたから、やはり、この先は需要が減るということなのでしょう。

 発車の5分ほど前に車内に入ると、乗客はほとんどおらず、座席も選び放題でした。「なるほどこれは通りで1両編成で運転されるわけだ」と思いましたが、15:27、姫路からの普通列車が到着すると[④]、そこからの乗り換え客が大挙して押し寄せてきて、座席は満席、立ち客も多数発生するという状況になってしまいました。たまたまなら良いですが、もし普段からこうなら、姫路からの2両編成をそのまま佐用まで行かせるようにした方が・・・。

 多くの乗客を乗せた状態で、列車は播磨新宮を発ちました。播磨新宮から先は平地が狭くなり、山と山の間にある僅かな平地を選びながら走るような環境に変わります[⑤]。「中国地方を横断するローカル線・姫新線」らしさが出てきたというところでしょうか。もっとも、「ローカル線」とは言ったものの、かつては陰陽連絡線として機能しており、大阪〜津山・新見・鳥取などを姫新線経由で結ぶ急行列車も走っていました。

 15:54、播磨徳久に到着[⑥]。ホームはあるのに線路がない、という反対側ホームの状況は、今は1面1線であるものの、かつては向こう側にも線路が敷設されていて、この駅が2面2線であったことを教えてくれます(これも陰陽連絡線としての役割を失い、列車の本数が減ってしまったからなのか?と書こうとしましたが、播磨徳久は、陰陽連絡線としての使命もとっくに終えていた1994年になって2面2線化されたとのこと。はて?)

 列車は15:59に終点の佐用に到着しました[⑦]。ここから更に津山行きの列車に乗り換えます。

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